▼ ただいま
冨岡様にお礼を告げ、私の足は駆け出した
ここ最近は、任務がない日は薬学の勉強と、炭治郎達との稽古の為蝶屋敷で過ごしていたが、私の足は師範の屋敷に向かっていた。
もう、私に帰る家はない。けれど。
あの日、鬼狩りになると誓った日から、私は師範の屋敷に置いてもらっている。
任務で忙しい師範とは、あまり顔を合わせる事がなかった。
しかし、二人分の布を干す時、二人分の食事を作る時。
生活の中で“自分以外の人の気配”を感じられる事は、心の救いだった。
私が帰りたい場所は、師範のもとだ。
強くそう思った。
「戻りました。失礼します。」
師範の部屋の前で告げ、襖を開ける。
「…なにしにきやがったァ」
「なに、しにといいますか。」
正式に鬼殺隊に入ってからは、この屋敷にはあまり顔を出していない。
避けていたわけではないが…任務だの死にかけだの蝶屋敷の稽古だの過ごしていたし、蝶屋敷でお世話になってからは、薬学の勉強の為、蝶屋敷に置かせてもらっている。
だからここは私の帰る場所ではない。
でも…それでも私は…
「会いたかったからです。」
「…あァ?」
振り向いた師範と目が合い、とたんに自分の顔に熱が集まる。
「いや!いやいやいやいや!違います今のは言葉を間違えました!!」
「うるせえ!」
「痛い!!…うわ!」
久々に飛んで来た鉄拳を食らい、悶絶していると師範に顎をつかまれた。
「いひゃいでふひはん(痛いです師範)」
「はっ…不細工な面だなァ」
「…ひはん?」
「…」
無言な師範に若干の恐怖を感じて問いかけるも、返事はない。
怖いです師範。無言が一番怖いです。
あまりの怖さに涙目のまま見つめ返す。
すると…
かぶり。
師範に、突然頬を噛まれた。
「!!!!!!!!!?????」
「…隙がありすぎだァ。馬鹿弟子ィ」
「え、あ、はい。あれ?!はい!はい?」
困惑している私なんてどうでもいいように、師範はさっさと立ち上がり部屋をでようとする。
あ、まって。
「あ?」
気づいたら師範の裾を掴んでいた。
「師範、あの、私…」
その瞬間、これまでの記憶が頭を駆け巡った。
那田蜘蛛山での事。
無限列車での事。
目が覚めた時の事。
動かない煉獄様の事。
何度も、死が近くにあった。
そのたび、思い出すのは師範の事だった。
「師範…ただいま…です…。」
自然と口からでていた言葉。
ああそうだ。私、師範にただいまって、言いたかったんだ。
なぜだか、わからないけれど。
「…おかえり。」
「!」
おかえりって言った?師範が?え???
思ってもいなかった返答に困惑し、気づくと本音がするりと漏れた。
「…師範…あの、えっと…似合わないですね」
「殺す。」
その日、いままでで一番痛い鉄拳を食らった。
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