たとえ届かない人だとしても | ナノ
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▼ その日、僕は神に問いかけた。


期待している。長男なんだから。もっと強くありなさい。---ああ、なんでこんなに貧弱なのかしら。

昔から、この手の事をよく両親に言われていた。
別に、愛されていないと感じた訳じゃない。
ただ、自分は両親の期待以下だったという事だけは、よくわかった。

体が弱かった。6つの時妹が生まれた。健康な体だった。
羨ましかったけれど、憎くはなかった。
僕の指を握る妹が、とてもかわいかった。

8になった頃、2人目の妹が生まれた。
その頃には最初の妹は、もう心なしか姉の顔になっていた。
可愛い妹たちは、僕によくなついた。

健康的で、しっかりとした性格のナマエは、家族の中心だった。みなに頼られ、畑を手伝い、妹の着物を結い、料理が好きだと言い、よく台所に立っていた。
なんて理想的な娘なんだろう。
床に伏せ気味だったこんな兄にも、笑顔を向けてくれるよくできた妹だった。
羨ましかったけれど、憎くはなかった。
…少しだけ、憎かった。

一番下の妹が5つになる頃には、ナマエは、もう一家を支える存在だった。
父と畑をし、家事を手伝い、妹の面倒をみて、こんな使えない兄の面倒も見ていた。
ナマエはちっとも嫌な顔はせず、おにーちゃん、大丈夫?はやく元気になってねと笑っていた。

愛しかった。
けれど、同じくらい羨ましく、憎かった。

昔よりは外に出られるようになった僕は、夜に時たま散歩に出掛けた。
日差しにあたると貧血になるが、夜だと涼しく、こんな貧弱な体でも散歩がしやすかった。
道中、転んで血が出たが、なんのこれしきと足を進めた。

そこで出会った。運命の人。
気まぐれに歩いた先に、その方に出会った。

何人もの人が死んでいた。
その人は、その真ん中で月夜に照らされ、体にかかった返り血がキラキラと反射していた。

その姿を見た瞬間、理解する。
ああ、僕は死ぬんだ。
恐怖はなかった。あるのは高揚感。
圧倒的な力の前に、僕は強い憧れを持った。

その人は言った。貴様は私が怖くないのか。

僕は言った。怖いかはわかりません。だっていま、こんなに、嬉しい。

その人は手招きした。とても珍しい血だ。

僕はゆっくり足を進めた。…珍しい?こんな、出来損ないの血がですか?

その人は、笑った。

『ああ、とても価値のある血だ。』

まるで当たり前のように、僕はその方のまえで跪いた。
僕は、僕を捧げたのだ。

「…まだだ。貴様、痩せ細り、せっかくの稀血が薄く、質が落ちる。食べ頃になるまで待ってやろう。幸い、今は飢えていない。」

僕は理解した。僕が生まれてきた意味。
僕の存在理由。

「あなた様の食事となる為、僕は生まれてきたんだ。」






どうやって家に戻ったかは覚えていない。
ただ、その時の世界はいままでの人生で一番輝いていた。

いつも、死を待つだけだった。生きる意味なんてなかった。
でも、あの方が、無惨様が生きる希望を僕にくれた。

それからは毎日、無惨様の為に生きた。
体を動かし、ご飯をよく食べ、日光にあたり、よく笑った。
そんな僕に、妹達は嬉しそうに笑い返していた。

可哀想に。可愛い妹達。哀れな妹達。無惨様に出会えなかった彼女らは、人間が生まれた意味を理解できずに死んでいくのだろうか。そこでふとおもいついた。

僕たち全員、無惨様の一部にしてもらう。
そしたら、僕たち家族は永遠に一緒だ。無惨様の血となり肉となり、永遠に輝き続けられる。


ああ。人生とはなんて、素晴らしいんだろう。



18になった時、家を出た。
もう体の弱い僕はそこにはいなかった。
父も母も、立派になったと喜んでいた。
無惨様に、高貴な血を捧げたく、たくさん知識と体力をつけた。

その過程で、僕はある事に気付いた。
人の心は支配できる。相手の欲しい言葉を、欲しい時に言う。
その時にどんなに自分が損をしても気にならなかった。
だって僕は無惨様の一部になれるのだから。

人を操る事は、無惨様に捧げる体を作ること以外で、唯一の楽しみになった。

家を出てからは.薬学を学んだ。
どん底の人間へ、欲しい言葉を欲しい時に与え、ほんの少しの薬を焚いた。
僕の人形たちは、死ねと言ったら死に、人を殺せと命じれば人を殺した。


あと少しだ。あと少しで完璧な僕になれる。
ある日薬草を擦ってる時、頭をよぎった、ナマエの姿。

ガリガリと、薬草を擦る音だけが響く。

あいつは完璧だった。父と母からしたら完璧な娘で、僕からは完璧な妹、一番下の妹からは完璧な姉だっただろう。

ガリガリ

「…ナマエはもう、無惨様に食べてもらえるんだろうなぁ。」

ガリガリ

「…羨ましいなぁ」

ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガ…


「…。」

次の満月の日、家に帰るから。みんなでなかよくご飯を食べよう。
紹介したい人がいるんだ。
そう、文を送った。
おめでたいあの両親の事だ。僕が婚約者でも連れてくると思って張り切るだろう。
そうなれば、その指定の日は、家族みんな揃って僕を待つだろう。

そして、僕は無残様にあの家の場所を教えた。






結論から言うと、父も母も大したことのない人間だった。
ありふれた血。一番下の妹も、期待外れだ。ただの人間。ただの肉の塊。

一つ誤算があった。
ナマエは家に居なかった。
しくじったな。まさかこんな嵐の日に出かけるなんて。

死体の中でため息を吐いた。
無残様がよこした鬼は、上弦の壱と書かれた鬼だった。
まぁ無惨様以外、興味がないのでどうでもいい。

「…なんで…おに、ちゃん…」

死体の中で聞こえた声に驚く。
わぁ。意外としぶとい。もっと弱いと思ってたのに。

ただの人間だった妹に、もう興味は持てなかった。僕と同じ、特別な血だったら可愛がったあげたのに。
とどめ、刺すかぁ。あんまり派手にやると洋服が汚れるから嫌なんだよな…。
振りかざした短刀を振り下ろした瞬間、ふと思いつく。ナマエは妹をすごく可愛がっていた。

「…鬼にしたら、傷つくかなぁ。」

可愛くて、愛しい、憎いナマエ。
どれだけ顔を歪めるのかみたい。そんな出来心だった。







「…は?」

木の上から見てた。
妹はナマエを襲ったのに、食べなかった。
ナマエ一晩、押さえつけたのだ。
鬼の動きは奇怪だった。
まるで、酔っているかのようなふらつき。

ふざけるな。
またお前か。またお前が全部さらっていくのか。
家族みんな稀血かもなんて思いながら、僕は心のどこかで願ってた。
僕だけが特別である事。
僕だけが、無惨様に認められた高貴なる血であると。

ナマエ。ナマエ。ナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエ

両親の期待も、その血も、全部持ってるお前が憎い。

『おにーちゃん。』
いつから、こんなに憎くなったんだろう。
足元には、家族の死体の横でもういない妹の着物を握って気絶するナマエ。
僕は薬をかがせ、呪いを唱える。

「…生かしといてあげるよ。もっと生きて、もっと絶望して。…そして僕が殺してあげる。そしたら僕ら兄妹、無残様に一滴残らず食べてもらおう。それなら、前みたいに戻れる気がするよ。」

近い将来、仲良くまた手をつなごう。あの日のように。
無惨様の中で、永遠に。
その日、僕は僕の神に問いかけた。

「無惨様、僕達の細胞を、一滴残らずあなたに食べてもらいたい。」



これが、僕たちの始まり。
 

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