たとえ届かない人だとしても | ナノ
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▼ いつかまたあなたの笑顔を


暖かい。なのに、寒い。

不思議な感覚に沈んでいく。
ああ、心地よい。まるで胎児のように、うつらうつらと揺れて落ちていく。
生温い粘膜に覆われてる様に、身動きの取れないまま、下へ下へ、落ちていく。

ああ、気持ちいい。このまま眠ってしまいたい。

薄れゆく意識の中、誰かが私の手を掴んだ。
『生きて。生きて。おねえちゃん。お願い。生きて。』
妹が一生懸命私の腕を掴み、上へ上へと上がっていく。


『おねえちゃん、どうか〇〇を止めて。〇〇をどうか、救って。おねがいよ』


ああ、そうだ。救わないと。〇〇を。
だって、だって大切な家族だもの───。

突如、息が苦しくなる。
目を覚まそうと抗えば、先ほどまで私を受け入れていたものが私を苦しめる。
重力がのしかかり、下へ下へ引きずられる。
目を覚さなければ。ここから、出なければ。




『はやく戻ってこい馬鹿弟子ィ。』
私を引き上げていた妹の手が、力強く、傷だらけの手に変わる。








「おい!おい!!目!!覚めたか!!」

視界一杯に広がる猪。
悪夢でもみているのか?


「待ってろ!しのぶよんでくるから!おい!また寝るなよ!おい!!起きとけよ!!このボケナス!!」

なにか言ってる猪の声の大きさが頭に響き、頭痛がする。
どこだここ。あの猪は、伊之助か?なんで私、寝てるんだ…?


そこで無限列車での戦いを思い出し飛び起きる。
「っ!煉獄さ…!」

しかし、体が重く、視界が揺れ、崩れ落ちる。


「ぅ、おえっ」
「おい!しのぶよんできたぞ!ってうおおおなに吐いてんだおめえええええ!」
「静かにしてください!」

伊之助に支えられ、上半身を起こす。
「みんなは、鬼は、あいつ、あの線だらけの、」
伊之助の腕にしがみつき、必死に言葉を紡げば、胡蝶様がやさしく背中をさする。
「落ち着いて下さい。さあ、うがいを。そして水を飲んで。」

あの日の様に渡された水を、今度は拒絶する事なく受け取る。
鼓動が痛い。みんなどうなったんだ。生きてるのか、もしかして、もしかして────。


「結論から言います。誰も死んでいません。」
「は」

胡蝶様の言葉に、息がとまり、次に涙が溢れそうになる。それを堪え、拳を握る。
生きてる、生きているのか。あの鬼を前にして、誰も死んでいないのか。

「順番に話しましょう。私も竈門君に聞いただけなのですが。」
そして胡蝶様は、あの戦いでなにがあったのかを教えてくれた。


あの鬼の名前は猗窩座という事。
私の血が稀血の中でもさらに稀な、鬼を酔わせる事のできる血である事。
私が気を失った後、煉獄様は戦い続けた事。
そして猗窩座が元凶である私を攻撃するそぶりはみせても、取り込もうとしなかった事。
煉獄様が意識のない私を守ってくれた事。
その中で、右腕を失い、頭部に攻撃を受けた事。
猗窩座は太陽が登り始め、戦いを放棄して逃げていった事。

「右腕を失った…?頭部に攻撃…?れ、煉獄様は、煉獄様は無事なんですか!」
「先ほども言った様に、誰も死んでいません。ただ…煉獄さんは、あの日からまだ目を覚ましていません。」


胡蝶様の答えに、ズシリと、胃が重くなった。
私のせいだ。私がでしゃばったせいで。
私を庇う戦い方をしたから。煉獄様は。


「…煉獄さんが意識を失う前に、竈門君と話をしたそうです。自分がもしかしたらこのまま死ぬかもしれないから、と。貴女への言伝もあります。」
「……!」

「『ミョウジ少女、俺達のために、傷をつけさせてしまってすまない。ありがとう。』…だそうですよ。」

綺麗に微笑んだ胡蝶様をみて、堪えていた涙が溢れ出す。
なんで、煉獄様。お礼を言うのは私なのに、

「自身を大事にして下さい。今回は、ちょっとやりすぎですよ?貴女がみんなに生きて欲しいと思うのと同じくらい、みんなも貴女に生きてほしいと思っているんです。」 
そう言って何かを指さす胡蝶様につられ、視線を動かすと寝具の横にたくさんの見舞品が置いてあった。

伊之助からのドングリ
善逸からのまんじゅう
炭治郎からの金平糖
蝶屋敷のみんなからの薬草
那田蜘蛛山で治療した先輩達からの手紙
そのほかにも、各自名前を書いて見舞いの品を置いてくれていた。

こんなにたくさんの人が、私を思ってくれている。
その事実に、さらに涙が溢れる。

ふと、一つのものが目に止まる。
差出人の書かれていないそれ。
一輪の花。枯れていない、綺麗な花。


「ふふ、それ、毎日誰かが差し替えてるようですよ。誰もその花を摘んでくる人を見たことがないようです。不思議ですね。」

クスクス笑う胡蝶様の顔は、誰だか知ってるけど教えてあげない。そういう顔をしていた。










一週間後、なんとか動けるようになり、煉獄様のもとへ向かう。
ただ寝ているようにみえる彼は、もう1ヶ月以上目覚めていない。
このまま、目覚めないかもしれない。

「強く、強くなります。絶対。」

煉獄様の手を握ればほのかに暖かく、生きている。それを実感して、握る力を強めた。

失ってしまった右腕。私のせいで、無くしてしまった、彼の戦う術を。
ごめんなさい。ごめんなさい煉獄さん。私、強くなります。貴方のように。

いつか、この手を握り返して下さい。

貴方の笑顔が、また見たい。
 

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