海底の月 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 届かない手を掴んだのは

毎日毎日、はやく終わってしまえばいいと思ってた。
宇宙人が地球を侵略したり、隕石が落ちてきたり。
なにも知らない子どもは、そんな事を毎日臨んでいた。

髪を掴まれ
顔を殴られ
腕を傷だらけにされ
その行為を毎日行う“母親”と呼ばれる存在の女の姿を、
私はもうあまり覚えていない。

あの晩、放り出されたベランダで月に手を伸ばした日。
あの月には一生触れる事はできないと絶望したあの日、
もう負わせてしまおうか。そう思った、あの日。

道路から、ベランダにいる私を見上げる年上の男の子の姿が視界に入る。
視線が絡み合う。その子が、笑った気がした。


その後は、家に突然数人の大人がやって来て、母親がなにかを喚き、そして封筒を受け取った後、狂ったように笑った。


それから私は、その男の子に大きな屋敷に連れていかれた。
不思議な人。まだ子どもなのに、大人に命令をしている。

状況を理解するよりも早く、少年に突き飛ばされ、その足が私を踏みつける。
「お前は今日から僕のペットだ。お前は僕に飼われたんだよ。母親に売られたんだ。」
私を見下ろしながらいう少年に、私は目を見開く。

「泣いたって帰れないよ。お前はいらない子なんだ。」
私を傷つけようとしているという事は、少年のとげのある言葉と、見下す視線で理解していた。
けれど、私は…

私を踏みつける少年の腰に、傷だらけの腕をまわした。

「な…離れろ!「神様」…え?」
「私にとって、あなたは神様。」
抱き着く力を強めれば、少年の腕はだらりと下がった。

「僕が…神様?お前の…?」
「だって。私をあの地獄から救ってくれた。」

私を救ってくれたのは、宇宙人でも隕石でもなく、大人を従えるこの少年。
4つの私には、少年…慊人だけだった。慊人こそが私の世界になった。

慊人は私に住むところを与えてくれた。
あたたかい食事を与えてくれた。
人間としての、生活を与えてくれた。

けれど慊人は“ソウマケ”の一番偉い人で、私といる時間は少なかった。
私は慊人が用意した部屋から出ることは許されていなかった。
慊人には特別な関係の子たちが12人程がいるらしく、『あいつらの僕の絆は深いんだ』と聞かせてくれた。
うらやましかった。慊人と深くつながれている人たちが。
それから暫くして、慊人は私の部屋に来なくなった。
私に食事を持ってくる人が言っていた。「“子”が来たからおまえはもう捨てられる、はやく出ていけ」と。

それから数か月後、慊人は久しぶりにポツポツと私の部屋に来るようになり、そのたび癇癪を起した。
けれど慊人は私の神様だから。喚かれようが、首を絞められようがそばにいた。
どんな形であれ、慊人の近くに居たかった。

ある晩、慊人が私の部屋で暴れた後に泣いていた。
その手をとれば、払いのけられた。それでも慊人の手を再度とれば
「お前にとって僕はなんだ」と聞かれた。震えた、小さな声だった。

私はすぐに答えた。
「私の神様。」

その言葉を聞いてから、慊人は私をそばに置くようになった。
「特別な人たち」との集まりの時以外は、私は慊人のそばにいて、生活を共にした。

ある日本当は女だといわれた時、慊人が慊人ならなんでもいいので、さして驚きはしなかった。
けれど、男のふりをしている慊人は苦しそうだったので、私も慊人と同じく男として生きることを決めた。
慊人だけが苦しむなんて、そんなのだめだ。
そう伝えれば、慊人は好きにしろといって私の肩に顔をうずめた。

それから十数年。私は慊人に飼われ続けている。
私の世界は慊人だけ。慊人さえいればそれでいい。


慊人の世界に、私は入れてもらえないけれど。


prev / next

[ back to top ]