「わたし、ラッコ11号好きなんです」
「はい」
「平丸さんは天才だと思います」
「…はい」
「よく言われるって、言ってましたよね」
「はい」
「平丸さんはわたしが好きですよね」
思わず「はい」と言いかけそうになって心拍数があがる。まさか、いきなりそんな言葉がでるとは思っていなかった。この人の前で油断してはならないと思いながらガリガリ手を動かす。
「…あ、あのですね。好意は嬉しい、ですけど…」
「いつも思うんですけど、嫌々言いながら描くなんて、平丸さんは頑張りやさんですね!尊敬します」
「いや、あの…」
「好きな人がいるとかなら聞きませんからね。だってわたしたちは前世からずーっと結ばれてましたもん!」
気付いたら部屋のなかにいて隣にいる彼女が、また突飛なことを言い出す。そういえば彼女を見てると思うんだけど、新妻くんに似てる様な。頭のネジがとれてるところ、とか。でも彼女と新妻くんはとれてる箇所が違うみたいだ。
「前世からって、どうしてわかるんですか…」
「だぁって、わたし覚えてますから!」
前世の記憶、とでも言うのだろうか、彼女は。
「ぼ、僕は覚えてないです。僕の前世は、えっと…ラッコ!ラッコだと占いに、」
「嘘つきな平丸さんは嫌いです」
ぷいとそっぽを向く彼女をみていっそ嫌いになってもらいたいくらいだと思った。
「平丸さんは、わたしが好きなんです。わたしも、平丸さんが大好きです。つまり恋人です!」
事実の隠蔽はやめていただきたい。洗脳するみたいな言い方。彼女は可愛いし、タイプじゃないわけではないのだけど。それ以前に、
「あ、あの…まず、」
「なんですか?」
「ぼ、僕は、あなたの名前すら知りません。僕たち、他人です」
やだ変な冗談やめてください平丸さんったらと笑う彼女の虚ろな目に僕は写っていない。