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心臓、一つ - 食

NARUTO / サソリ
中編くらいで書こうとしていたもの 未完


 新しい住処は、シジュウカラがよく鳴く森の傍の小さな空き家だった。五分ゆけば川があり、一時間ほどゆけば小さな町があったが、家のすぐ周りには草木以外何も無かった。嘗ては狩人の住処だったらしいことを、___はサソリから聞かされる。それがいつ頃までの話だったのか、またどういう経緯でサソリがこの空き家を借りるに至ったのか、___は知りたがって矢継ぎ早に訊ねるが、餓鬼はおとなしくしていろと軽くあしらわれ煙に巻かれた。
 到着して暫く、部屋割を簡単に決めて荷解きをした。ふたりで住まうには充分な部屋の数だった。何せ前の住処は部屋が足らず、どうにも手狭だった。それで仕方なく他へ移ることになったのである。
 ___は薬研や調合器具を棚に並べ、丸めて背負っていた布団をベッドに敷いた。取り敢えず置いたはいいものの、部屋じゅうが埃っぽくて敵わない。掃除用具を調達したら、すぐにでもあちこち綺麗にして回りたいくらいだった。
「サソリさん」
 自分の荷解きが終わったため、サソリの部屋の前まで行き声を掛けた。開けていい、と言われたので、___は静かに扉を開けた。扉からは、ギイ、と経年による嗄れた音がして、部屋の中からはやはり埃の匂いがした。
「ねえ、埃っぽいよ。窓くらい、開けたらいいのに」
 ___が顔を顰めて言ったとき、サソリは初めて彼女に一瞥をくれた。堀りのある造型に落窪んだ茶色の両の眼が、暗い屋内でより一層深く見えた。サソリは___から目を逸らすと、鞄から出し手に持っていた巻物を几帳面に棚に納める。そして、これか、と言わんばかりに、その棚に乗っていた埃を指で拭い、指を擦り合わせて観察したあと、ふっと息で払った。
「こういう身体になると、鈍くなるもんだな」
 サソリは血の通っていない指先を器用に動かして、その様子を暫く眺めた。
「窓、開けておくね。落ち着いたら、一緒に里に掃除用具を買いに行ってくれる? 食糧も調達したいし」
「ったく……お前がいると、無駄が増える」
 いつも通り、面倒臭そうに言われてしまう。じゃあ連れてこなきゃよかったでしょ、と___も負けずと減らず口を叩いて、それから部屋を出た。サソリは、正午だ、と今や姿の見えない___に告げた。確実に伝わるように、少し声を張り上げて。___は、ふん、とだけ返事をして、家じゅうの窓を開けて回った。木と土の瑞々しい外気が屋内に入り込むと、___の呼吸は幾らか楽になった。 
 
 傀儡師のサソリと、医療忍者の___。彼らはついひと月前に出逢って、協力関係を築くことになった。もっとも最初は敵同士で、因縁しかない関係であったが、ふとした気紛れをきっかけにぎこちない共同生活を始めることになる。
 ___の所属していた小さな隠れ里は、突然の戦争に巻き込まれ、物理的にも本質的にもなくなってしまった。戦争を引き起こしたのは、暁という犯罪組織を首謀者として派遣されてきたサソリだった。しかしその事実は綺麗に偽装工作されており、里内では他里から攻撃を仕掛けられたという風に認知されていた。反撃をし、相手から反撃され返し、結果として滅んでしまった。
 その里で医療忍者として育成されていた___は、サソリの手製の毒を解毒したことで生き残った。サソリは人傀儡の材料を漁りに、後日滅んだ里まで足を運んでいたのだが、そこで生存していた___と遭遇したのである。
「ふん。餓鬼か」
 小さな手でクナイを握る___を見て、サソリは見下した。明らかに里の者ではない赤髪の少年に、___はさらに身構える。当時のサソリは、瓦礫の上を歩くのに邪魔な外殻代わりの傀儡・ヒルコを外しており、めずらしく本体で行動していた。サソリの外見は十五歳ほどで、決して大人とはいえないが、十一歳の___からしたら、それでも歳上の手練としか認識できなかった。
「毒の霧を流したはずだが? 吸い込まなかったとは、余程、運がよかったんだな」
 他里からの攻撃も壮絶なものだったが、今回の戦争において一番悲惨な戦況を生み出したのは、このサソリが流したという毒の霧だった。尤も、サソリ自身は試作の毒を試してみたというところだったが、試されるほうはたまったものではない。___は顔を顰め、こう答えた。
「あれは、あなたが仕掛けたんだね。それなら、確かに運がよかった……わたしが解毒できるくらいの毒で」
 サソリは、目の前の少女の言葉に、すこし度肝を抜かれる。そして、面白く思ってくつくつと笑いを零した。___は終始気を張っていたが、一方サソリは力を抜いて、両手を軽く挙げ応戦する気がないことを示した。
「残念ながら、お前と無意味に闘う気はない。そのクナイを下ろすんだな。投げでもしてみろ……そうしたら、おれはお前と闘う理由ができる」
 ___は戸惑いながらも、おずおずとクナイを下ろした。サソリはそれを見届け、材料集めを再開した。
 気の済むまで材料を集めたのち、帰るべく、里の出入口にある大きな門に差し掛かると、サソリは___が門に寄りかかってしゃがみ込んでいるのを見つけてしまう。お互い闘う気がないのは判っていたので、サソリは___に話し掛ける。まだ居たのか、といった具合に。___は顔を上げ、自分は助かったかもしれないがこれから行く処は無いと言った。その幼い眼は、赤く染まっていた。
「なくなったものは、戻ってこない。単純な話だ」
 サソリは冷酷に言い放った。何もかも喪った___のことは、気の毒ではあった。しかし、この世界では喪うことなど日常茶飯事である。いちいち傷ついていたら、心が持たない。___は、サソリをじっと見つめた。無言。___は、ひとことも声を発さず、静かに、サソリの言葉に耳を傾けていた。
「……もっと単純なことを教えてやろう。行く処なんて、自分の持っている選択肢の中から、最善を選べは済む話だ」
 捨て台詞を吐いたつもりだった。サソリは立ち去ろうとして足を一歩踏み出したが、そのとき___は瞳に光を戻し、朗々と喋り出した。
「じゃあ、わたしはあなたに付いていく」
 単純な話だった、はずだ。その明快な理路が、突然複雑に捻じ曲がった。「……は?」サソリは理解が追いつかず、ただ聞き返すのみだった。
「あなたに付いていくことにする。わたしは、___。あなたは?」
「待て……どうしてそうなる?」
「名前くらい教えてくれてもいいでしょう」
「……サソリだが。___といったな、お前は莫迦か? 知らないようだから敢えて言うが、おれは罪人だ。このままいけばお前は被害者で済むのに、おれに付いてくれば、それだけで漏れなく罪人になる」
「ならない」
「あのな、お前がなってないつもりでも、世間的にはそういうことになるんだよ」
「でも、サソリさん、いい人だもの」
 サソリはますます、この会話の出口を見失った。お前の里を滅ぼした張本人のどこが、と言いかけたが、それよりも先に___が、サソリさんが本当の悪人ならわたしはとっくに死んでる、と言うから、サソリは返す言葉がなかった。
「わたし、身体を治せるし、毒を作れるよ。身の回りのこともやるよ。悪くないでしょう」
「……判った。仮に、お前に付いてくることを許したとする。だが、おれは気紛れだ。人を殺しては傀儡にしているような忍だ。ある日突然、お前を傀儡にするかもしれない。そうしたらお前、文句も言えないぞ」
「……ねえ、サソリさん。さっきから、わたしの心配ばかりしてくれるね」
「心配なんか……」してないつもりだったが、サソリの口からは確かに___の身を案じた断り文句しか出てきていないのもまた事実だった。
「サソリさんなら、きっとそんなことしないから、大丈夫。気紛れ屋なら、今その気紛れを起こして、わたしを連れていって」
 永遠に終わりそうにない押し問答に手を焼いたサソリは、仕方なく「勝手にしろ」と事実上の許可を出した。気紛れというよりかは、根負けだった。

 サソリに告げられた時刻まで、___は毒の調合をすることにした。道すがら採取してきためずらしい葉や花、根を布袋から取り出し、手袋をつけ、丁寧な手つきで細かく刻んでいく。それから分量を計り、計った分を擂鉢で潰した。絞り出した液体を硝子瓶に移し、クナイをひとつ持って森へ行く。毒をつけたクナイを動物に当て、効果を見るのである。動物に対しこういった身勝手な行動をする瞬間、___はいつも、心を無にする。サソリには、甘い、それでも忍か、よくそんな分際でおれに付いてきたな、と冷たく言われるが、それでも痛む心は無視できなかった。だから、クナイを投げる瞬間は体に力が入り、自然と息が止まる。力んだ指先からクナイが飛んでいった。幸か不幸かたいした効果はなく、動物は走り去って行った。
 シジュウカラが騒がしく鳴き始めた。ふと時計を見ると、もう正午を回っていた。___は家に戻って、今度は家じゅうの窓を閉めて回った。最後にサソリの部屋へ出向く。
 サソリは、部屋の隅に座って目を閉じていた。
 瞼を閉じているサソリのことを、___は殆ど見たことがなかった。だから物珍しくて、部屋の入口から窓辺までの少しの距離をいく間、彼の表情に釘付けになってしまう程だった。漸く部屋の窓を閉めると、その音を合図にするかのように、サソリはそっと目を開けた。
「行くか?」
 眠っていたのだろうか。サソリが睡眠を必要とする身体なのかどうか、___には判らなかった。からくりで出来たサソリの喉は枯れることなく、同じ調子の声だった。しかし、いつになくやさしい声色に、___は声を詰まらせてしまう。サソリは返事のない___は放っておいて、財布やら通行手形やら、普通に生きるのに必要なものを鞄に詰め始めた。彼らは謂わばはずれ者、そのまま表へ出れば犯罪者という扱いであったが、サソリはいつもこういった物を用意周到に準備してくれるので、___は困ったことがなかった。小言や文句は絶えないが、自分で用意しろと言われたこともなかった。生きていくのに必要なものは、大体サソリが持ってくれていた。
「何を固まってやがる」
 硬直したままの___の肩をサソリが小突く。もう出られる準備は出来ているのか、と続け様に訊ねられる。あの、上着だけ取ってきます、と答えると、待たせる気か、さっさとしろ、と苛々された。

 近々岩隠れの里近くまで遠出をするから毒の仕込みをしておけ、と___が言いつけられたのは、新しい住処に移って間もなくのことだった。どうやらそれは、サソリの所属している暁という組織に関連する任務の一環らしかった。と、___はそこまで把握してはいるものの、その情報はサソリからもたらされたものではなかった。サソリは事情を一切伏せることに徹しており、___から細かく訊かれても、餓鬼は団子でも食ってろ、と言い駄賃を握らせるだけだった。では、何故___が暁の任務らしいというところまで掴んでいるかというと、サソリと暁の仲間の会話と思しきものが耳に入ったからである。
 サソリが時々、術を使って遠くの仲間とやり取りをしているのを、___はこっそり見ていて知っていた。それは無線のようなもので、相手側の声は聞こえないものの、サソリの声は聞き取れる距離なら聞くことができた。今までの住処は隠れ場所がなく話を聞くことができなかったが、新しいこの家は聞き耳を立てるのにうってつけの隠れ場所があった。___は身を潜め、じっと集中してサソリの言葉を辿る。
 ……もう何人目だ。サソリが苛立って小言を言うのが聞こえた。その一次審査とやらは誰がやってるんだ、そんなに頻繁に二次審査まで進まれちゃ、仕込みが追いつかないだろうが。
 暫しの沈黙の、のち。問題ない、奴にはスパイをつけてる。いずれおれが殺す。と、突然物騒な話題に切り替わる。
 その後、溜め息をついてサソリが立ち上がる音がした。___、と名を呼ぶので、___は慌てて隠れ場所から出て、さも薬草を集めていましたという風ないでたちで裏口から戻る。そうして、毒の大量生産を言いつけられたのである。ついでに団子を買う小金も手に入れた。
 サソリが所望する毒は、そもそも材料が希少でそんなに多くは作ることができない。毒というものは、希少であればある程解毒される不安も小さくなってゆくものだが、___にとっておきの毒を解毒されたことをきっかけに、サソリは更にそこに拘るようになった。いいか、医療忍者のお前が盛られて嫌な毒を作れ、と煩く言った。毒のことになると、サソリは___にとって面倒臭い上司のようになった。
 ___は貰った小金を握りしめて、毒の材料を集めるついでに町へ行って団子も買ってきた。家に戻ると、戻ったのか、と部屋の奥からサソリに声を掛けられる。やはりめずらしいことだった。普段は気にかけて貰えないことも多いが、今日は機嫌がいいのかもしれない。
 ___は食事の準備をした。自分の分だけだ。サソリの分はない。自身をも傀儡に改造したサソリに、食事は不要なのだった。故に、この家の台所などサソリが足を踏み入れる必要は一切ないのだが、___が食事をとっていると、気紛れにサソリがやってきた。
「相変わらず質素なもん食ってるな」
 ___の食べている豆のスープとかたいパンを見てそう言った。
「ひとりぶんだもの、凝る気が起きないよ」
 やはり、今晩は機嫌がよいのだろう。サソリは立ち去ることなく、そのまま台所の入口に寄り掛かり、___が食べる様子を眺めていた。こういうことは、今までにもままあった。孤独を貫くサソリでも、稀に話し相手を欲しがる時があった。___にも、そのことが何となく判るのだった。
「食べ物の味なんか、とっくに忘れたな」
 耽るようにサソリは独白する。___は咄嗟に言葉が出ず、持っていた匙を皿に降ろした時、かちゃ、と音を立ててしまった。
「……最後に食べたのは、いつだったの」
「さあ。そう昔のことじゃないはずだが」
「サソリさんって、幾つなの」
「それも忘れたな。里を抜けた時は、十五だった……」
 サソリは、いち、に、さん……と指を折り始めた。「抜けてから、十年は経つか」
 ___は、サソリはやはり自分より遥かに歳上なのだな、と思った。人生経験、とでも表現したらよいのだろうか。若々しい外見と裏腹に、その瞳の奥には、今まで重ねてきた哀とか愁いとかいったものがあるような気がしたからだ。その瞳で、何をどのくらい見てきたのだろう。そのことを考えると、何故だか急に、寂しいような、切ないような気持ちになった。サソリとの間に、一生かけても埋まることのない、絶対的な距離があるように思えたからだ。
「サソリさんの胃袋が、残っていたらよかったのにな」
「そりゃ、どういう意味だ」
「ひとりでご飯を食べるのは、それなりに寂しいよ」
 ふん、と鼻で笑い、サソリは台所を出て行った。その晩はそれで会話が終わってしまったが、___の一言はサソリにとっても深い意味を与えたようで、それからサソリは、もう少し頻繁に台所に顔を見せるようになっていた。

 何日か過ぎた頃、サソリはこれから長期的に家を空けると言い、___に作った毒を渡すように要求した。そして淡々と荷造りをし、ヒルコの最後のメンテナンスをする。___は毒を納品したあと、ひとりだけの昼食をとり、傀儡の調整をしているサソリのことを少しだけ開いた扉の隙間から見ていた。
 サソリはある程度の準備を終えると、台所まできて、机の上に彼是置き始めた。纏まった金と近くの町への通行証、その他諸々生きてゆくのに必要なものを必要なだけ。そして戸締りだけは手を抜くな、とか、誰が訪ねてきても出るな、とか、押し入られても何かしら術を使って逃げられるように熟睡はするな、とか、色々と煩く言った。___は努めて黙々と聞いていたが、畳み掛けるような忠告が続くと、いよいよ今まで疑問に思っていたことを口にした。
「わたしも連れていってくれるんじゃないの?」
 それを聞いたサソリは、冗談もなく真面目に怒った。お前みたいな餓鬼が行くところじゃないんだよ、と荒々しげに説得しに掛かる。___もめげずに反抗した。サソリもめっぽう負けず嫌いだった。そうして、彼らは、ああでもない、こうでもない、と、にっちもさっちもいかない会話を続けた。時間にすると五分程度だったが、ふたりの体感としては一時間はゆうに超えている感覚だった。
「今から言うことは、百歩譲って言うが、お前は餓鬼にしては、そこそこやる。優秀な医療忍者だと賞賛してもいいだろう。だが、それでも危険すぎるから来るなと言ってるんだ。この意味が判らないか」
「意味は判るよ。でも、サソリさんの傍に居られないなら、これ以上生きられないよ」
「ある程度の金は置いていくし、通行証もあるだろうが」サソリは机を指差した。
「そういう意味じゃないの」
「じゃあどういう意味だ、説明しろ」
「察してよ、とにかく嫌なの」
 ___は殆ど泣きそうになった。それはサソリの気迫に気圧されたわけではなく、自分の気持ちが自分でも説明できないからだった。或いは、心の中ではもうとっくに言語化には成功していたかもしれない。だが、口にするのが怖かった。その得体の知れない恐怖心が、___の心をぐちゃぐちゃにするのだった。
「サソリさんが死んだら……」
「お前、おれを莫迦にしてるのか?」
「サソリさん、違うんだよ、生きてる者は死ぬことがあるの。医療忍術を駆使しても、救えないことがあるの。上手く言えないけど、そうなったら悲しくてどうにかなってしまいそうなの」
「だから、それを莫迦してるって言うんだ。こっちは生きて帰ってくる予定で話をしてるってのに」
「わたしにとっては、サソリさんがこの家を離れることと、サソリさんが死ぬことは同義なの。サソリさんの予定なんて、知らないんだから」
 サソリは、息一つ吐くと、何も言わず踵を返し台所を去ろうとした。___は慌てて、彼の外套の裾を掴んだ。サソリは___の手を、指の一本一本をそれぞれ引き剥がすように丁寧に外套から外して、まだ行かない、頭を冷やしてくるだけだ、と言った。

ちょうど三年前に書いていたもの。読み返していたら、また続きが書きたくなってしまった。「心臓、一つ」というタイトルの、三つあるうちの一つ目のエピソードになるとよいなと思って、「食」を書いていましたが、もうこれだけで完結させて短編でもよさそう。

以下は律儀に残っていた設定書き。泣きそうになってしまう。

15で里抜け 少なくとも顔面は傀儡化
25で大蛇丸と決別(巻ノ二十七 P63)
捏造 25 医療忍者の夢主(当時10歳)を引き取る
捏造 27 デイダラ(当時12歳)をスカウト
35で死ぬ

2023/07/05
創作メモ