高遠 | ナノ
消灯時間をとっくに過ぎた頃,私はトイレに行きたくなった。怖いから行きたくない。とは思うが,行かなければどうしようもない。私は勇気を振り絞って部屋を出た。
行きは大丈夫だった。トイレの中も大丈夫だった。鏡つきの手洗い場も問題なし。あとは帰るだけ。というところで,出会ってしまった。
「っ」
暗闇に浮かび上がる白い顔に思わず叫びそうになるが,声を上げるより先にオバケに背後に回り込まれ,その白い手で口を押さえつけられたため,それは叶わなかった。オバケはそのままの姿勢で,大粒の涙を溢す私を引き摺り,どこかの部屋に入った。
「藍子」
ベッドに私を下ろすと,オバケ,もとい高遠さんはあの白いゴムマスクを取った。
「少し驚かせ過ぎましたか」
「ほ,本当に,本当に怖かったんですよー!」
言いながら渾身のパンチを繰り出すが,左手で難なく受け止められてしまった。
「授業を真面目に聞かなかった罰です」
それを言われると,ほとんどの授業で居眠りをした私には返す言葉がない。
「うぅ,ごめんなさい。明日は,頑張ります!」
出来る限り,と心の中でこっそり付け加えて,
「ところで,何か用事でも?」
と話題を変えた。私をこうして連れてきた目的が,罰を与えるためだけとは思えない。そしてそれは合っていたようで,高遠さんは
「ええ」
と頷いた。
「明智警視に,あなたがオキュロフィリア……眼球愛好者であると勘づかれたかも知れません」
「えっ!?なにもしてないのにですか?」
「いえ……,あなたは十分にしていましたよ。目を見るということをね」
「それだけで……」
「あなたは異常なほど,目だけを見ているんですよ」
高遠さんは人差し指の腹でとんとん,と優しく目蓋の上から私の右目を叩いた。
「うーん,無意識でした!」
「そうでしょうね。これは弱味になり得ます。用心してください」
「了解です!」
左目