高遠 | ナノ


 家の前の壁に凭れて腕を組むその人を見た瞬間,私は思わず今しがた行ってきたスーパーの袋を落としてしまった。(卵入ってたのに。)

「久しぶりですね,藍子」

「た,たか,高遠さん……っ,高遠さん!」

うわーん!と泣きながらタックルするように高遠さんに抱きつくと,彼は
「おっと」
と言いながらも受け止めてくれた。私は,人がどれだけ心配したかわかってるんですか!とか,脱獄してきたんですか!?とか,目が無事で安心しました,とかいろいろ捲し立てたのだが,大泣きしているせいでほとんどが意味を成さない喚き声になった。

「ずいぶん心配させてしまったようですね」

ぽんぽんと私の背中を優しく叩きながら言う彼にうんうんと何度も強く頷く。

「藍子,顔をあげてください」

「?」

言われて顔をあげると,高遠さんは少し背を丸めて,私の目尻に口付けた。刹那,頬を伝っていた大粒の涙が赤い薔薇の花弁に変わる。

「!す,すごいっ」

やっと出たのはそんな言葉で,おまけに声はがらがらだった。彼はそれに軽く苦笑しながら,目尻に残った涙を親指の腹で拭ってくれた。

「ようやく泣き止んでくれましたね」

「ごめんなさい……。でもびっくりしました」

高遠さんは悪いとはちっとも思ってなさそうな声音で
「すみません」
と言った。私は体を離して,じっと高遠さんの目を見つめた。そして高遠さんの胸に思い切り頭突きして
「本当に心配しました!」
と半ば叫ぶように言った。

「今度からは,こういう……,なんか警察に捕まりそうになることをするときは言ってください!」

「まさか,着いてくる気ですか?」

「場合によっては。だって,言ってしまえばもう高遠さんひとりの目じゃないんですよ!」

私は睨むように高遠さんの目を見た。高遠さんも同じように私を見た。

「……」

「……」

「……」

「……」

しばらくの睨み合いの後,折れたのは高遠さんだった。

「わかりました」

「本当ですか!」

パッと目を輝かせる私に、高遠さんは
「ただし,」
と付け加える。

「同行するときは私の指示に従うこと。それと,私の傍から離れないこと。約束できますね?」

「はい!」

私は笑って大きく頷いた。と,そこで不意にスーパーの袋を放り投げていることを思い出し,
「あ!」
と叫び,高遠さんに背を向けて拾いに行った。
そんな私は,彼が私の返事に口角を吊り上げたのに気がつけなかった。

「そういえば,どうして私の家がわかったんですか?あれから引っ越したのに」

振り返ると,いつもの笑みを浮かべた彼が
「ああ,羊が教えてくれたんですよ」
と曖昧な答え方をした。

「羊が……」

私は,わりとロマンチストなのか,などと呑気ことを思うばかりであった。

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