高遠 | ナノ


 川沿いの原っぱで寝転がって夜空を見上げていると,斜め上から名前を呼ばれた。上体を起こして声の方を見ると,ネクタイを締めた高遠さんがいた。手を振ると,こちらにやって来て手を差しのべてくれたので,それに掴まって立ち上がる。

「こんな時間までお仕事ですか?」

「ええ,来週から忙しくなるので。そういう藍子はなにをしていたんですか」

「こと座流星群を見に来たんです」

「なにか願い事でも?」

「目目目」

「あなたらしいですね」

そう言って,高遠さんは少し目を細めた。

「せっかくだから,高遠さんもなにかお願いしてみたらどうですか?」

私は空を仰いで,一際輝く流れ星を指差した。私がそれにもお願い事をしていると
「そうですね……。他力本願は好きではありませんが,強いていうなら……」
という高遠さんの声が聞こえたので,そちらに顔を向けた。すると私の体は,まるで金縛りにでもあったかのように目を見開いたまま固まってしまった。

「来週のマジックショーの成功,ですかね」

そう言った高遠さんの目は,恐ろしいほどに美しかった。
ナイフで滅多刺しにされたかのように胸がきゅんきゅんと痛む。熱を持った体が,感じたことのない甘い感覚に震えた。

「藍子」

「っ,はい?」

私はハッとして,後ろ手に握りしめていたハサミから手を離し,無理矢理笑みを浮かべた。星空から私に視線を移した高遠さんの目は,もういつもの綺麗なそれらに戻っていた。体からすっと熱が引いていく。

「もう遅い時間です。家まで送りますよ」

「あ,あのっ」

私はそう言って,私の何もかもを見透しているような目で穏やかに憫笑する高遠さんに一歩近付いた。

「目……見せてください」

「…………どうぞ」

私はおずおずと高遠さんの頬を両手で包み込んで,じっとその両の目を見つめた。先程の冷たい月の輝きを孕んだような目はすでになりを潜めている。なぜ彼はあんな目をしたのだろうか。またしてくれるだろうか。どうやったら私をあの目で見てくれるだろうか。あの目のまま取り出すことはできるだろうか。
と,鼻が触れる距離でいろいろ考えていると,0に近かった目の距離が少しだけ近くなって,不意に唇に柔らかいものが触れた。

「さ,今日はこれでお仕舞いです。今度こそ帰りますよ」

目をぱちくりさせる私を笑いながら,高遠さんは踵を返した。
私が我に返るのは,もう少し後のことだった。

左目
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