高遠 | ナノ
映画館を出てしばらく歩いたところでようやく気持ちが落ち着いてきた。私は嫌なもの全て吐き出すように長いため息をつく。
「ずいぶん疲れてますね」
「まさかあんな内容だったとは……」
窶れた私を見て高遠さんが苦笑する。
高遠さんに付き合ってもらって映画を観て来たのだが,観た映画がミステリーを謳っておきながらもうほとんどホラーだったのだ。いま思い出すだけでも恐ろしい。今日は帰ったらすぐにお風呂入って寝よう,と考えていると,隣を歩く高遠さんがくすりと笑った。
「藍子がホラーが苦手だったなんて,そちらの方がまさかですよ」
「殺した女にじわじわ呪い殺されるなんて,ホラーが苦手でなくても怖いです」
口を尖らせて反論し,
「もっと他の結末はなかったんですかね」
と付け加えた。
「十九世紀に書かれた原作では,彼はただのノイローゼで,最後は親友に殺されるんですよ」
確か,親友は映画にも出てきていた気がする。殺された女のことを密かに思っていたあの男だっけ。ということは,
「復讐かあ……」
そう呟いて,私は足を止めた。一歩遅れてそれに気づいた高遠さんが立ち止まり私を振り返る。
「高遠さんは,私に復讐しますか?」
そう聞くと,彼は少しの間をおいて
「なぜです?」
と聞き返してきた。
「うーん,密かに思っていた人を私に殺されたとか?」
高遠さんはまた少しの間をおいたと思ったら,合点がいったようで
「ああ,なるほど」
と小さく言った。
「私が復讐のために藍子に近付いたと思っているんですね?」
「え?違うんですか?」
「私が藍子に近付いたのは,興味本意ですよ」
高遠さんは口をあんぐり開ける私の頭を優しく撫でて,ふっと楽しそうに笑った。
「本当に?」
「本当です。まあ,それが理由の全てではありませんがね」
そう言って歩き始めた彼の背中を
「ど,どういうことですか?」
と慌てて追いかける。
「そんなことより,背後に気を付けた方がいい」
「!?」
映画のワンシーンを思い出して反射的に振り返るが何かがいるはずもなく。そんな私を見て高遠さんがまた楽しそうに笑った。
左目