高遠 | ナノ


 休日にも関わらず美術館は閑散としていた。静かな館内を言葉少なに進んで行く。


「見てください,これ……あれ,いない」

 しばらく歩いたところに目を惹かれる絵が飾られていたので,隣にいるであろう高遠さんに話しかけた。のだが,いなくなっていた。キョロキョロ辺りを見回してみるが,高遠さんはおろか誰もいない。探しに行こうかと一瞬考えたが,ここで待つことにした。迷子の時は動かず待てと言うし。(それにこの絵をまだ見ていたい。)


「藍子」

 ふと後ろから名前を呼ばれたので振り返ると,高遠さんがいた。

「あ,高遠さん」

「探しましたよ」

「ごめんなさい。これを見てたんです」

絵を指差すと,高遠さんは私の隣に来て,それをじっと見つめた。

「美しき眼,ですか」

美しき眼と名付けられた羊の絵。にも関わらず,羊はお目目を閉じている。

「不思議な絵ですよね。でも,目を閉じてるからこそ,どんな目をしているのか想像が膨らみます」

「この絵の作者はあなたと同じく,オキュロフィリアだったのでしょうね」

「オキュロ……?」

「オキュロフィリア……,眼球性愛ですよ」

「ふーん……」

あまり理解できなかった私は,話をそこで終わらせて高遠さんの目を見た。待っている間に羊のお目目をいろいろと想像してみたのだが,何度想像したって,最後に思い浮かべるのは必ず高遠さんの目だった。

「羊の目が,高遠さんと同じだったらいいなって,思います」

「そうですか」

私は最後にもう一度羊の絵を見て,高遠さんに体を向けた。

「……行きましょうか」

「ええ」

私たちはまたゆっくりと歩き始めた。

左目
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