高遠 | ナノ


 翌朝,食後の紅茶を飲みながらテレビをつけると,朝のニュースをやっていた。

「またもや目のない死体が発見されました。警察はこれまでの事件を同一人物による犯行と見て捜査をしています。次のニュースです。昨晩,警察官が死体として……」

 あのお目目は昨日のうちに返してしまった。というのも,家に帰ってホルマリンに浸けようと袋からお目目を取り出すと,それらはもう輝きを失ってしまっていたからだ。彼の目はそれほどまでに美しかった。
さて,その彼に恩返しをするために会いに行こう。

「……あ」

と,私は重要なことに気づいた。

「名前,聞き忘れた」

いや,名前だけではない。連絡先も聞いていない!これでは恩返し出来ない!お目目をもらえない!
私はしばらく考えて,とりあえず近くの公園に行ってみることにした。そこで待っていれば,いつか彼が来るかもしれない。


 そう思いベンチに腰かけること三時間。眠くなってきた。

「どこー……」

重たい瞼を擦って一人呟く。どうしてあのとき名前を聞かなかったんだろう。名前という概念を忘れていたからだよ!と,脳内で喧嘩をしていると,突然,隣から声が聞こえた。

「何か待ってるんですか」

「わあっ!?」

反射的に声の方を向くと,なんとなんと昨日の彼が隣に座っていた。いつからいたんだろう。全く気がつかなかった。楽しそうに笑っているところを見ると,どうやら確信犯らしい。

「あー,びっくりした。お目目飛び出るかと思いましたよ。って,そんなことより。探してたんですよ!」

「ああ,そういえば名乗ってもいませんでしたね」

そう言って彼はようやく私に顔を向けた。彼の目は昨日と寸分たがわず綺麗なままだった。

「高遠遙一……と言います」

「野々葉藍子です」

私は軽く頭を下げた。そして早速恩返しをしようと思ったのだが,恩返しとは,具体的になにをすればいいのだろう。高遠さんの目を見つめながら考えてみたが,なにも浮かんでこない。困り果てた私は,本人に聞いてみることにした。

「恩返しって,なにをすればいいんでしょうね?」

「さあ……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「ところで美術館に行きませんか?友人にチケットを二枚もらったんです」

「いいですね」

高遠さんがふっと笑った。

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