長編 | ナノ


 心の隅からどろどろとした感情が這い出てくるのを感じて、私は慌てて首を振った。彼女はとてもいい人。宮田さんにお似合い。私は宮田さんが好き。ならばふたりの幸福を祈らなければならない。認めなければいけない。そう思うほどに息は乱れ頭から血の気が引いていく。

「いい加減、諦めないと」

私は、彼がどうであれ、私が彼を好きでいられるならばそれでいい、なんて恋に恋する乙女のようには思えない。いずれ必ず見返りを求めてしまう。そして彼女を心の底から憎んでしまう。

私は自分の気持ちから逃れるように、この無限に続く廊下を走った。私が生まれる少し前に建てられたこの新しい医院しか私は知らないはずなのに、どこもかしこも見慣れないのはなぜ?

「……」

なぜかひとつだけ、ほんの少し開かれた扉の前で、私はようやく立ち止まった。色彩も熱も持たないこの空間で、その扉だけが色を持ち、優しく暖かい。まるで導かれるようにして、私はその扉を開け放った。

「宮田さん?」

そこには彼がいた。椅子に座り、頭を抱えている。私の言葉は届いてはいないようだった。諦めたいのなら、すぐにでも踵を返せばいいのに。そうせず一歩、また一歩と彼に近づいてしまうのは、私が汚い人間だという証拠だ。

「もう、大丈夫」

私はそう言って外の音を遮るように彼の耳を自分の手で覆った。彼は驚いたように顔をあげた。目が少し見開かれているのを見て、彼でも驚くのかと感心した。

「    」

彼は声を上げずに口だけを動かした。彼は本当はあっちへ行けと言ったのかもしれないし、やめろと言ったのかもしれない。

(たすけて)

しかし、このとき私は、彼は確かにそう言ったと思った。根拠なんてものはないのに、私はそれを疑わなかった。それどころか、絶対の自信を持っていた。



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