小説 | ナノ

 ようやく見つけた背中は、フェンスの向こう側にあった。それを見つけた瞬間、私は肩で息をしていたのも忘れて、ほとんど反射的に駆け寄った。

「な、なに、してるんですか……っ」

声が震える。彼は涼しい風を受けながらゆっくり振り向いた。その顔は穏やかで、いつものように笑んでいた。

「早かったね」

「目が覚めたら、足立さんいなくて、町中走り回ったんですよ!」

「ごめんごめん」

特に悪びれてもいない様子の彼に、内心溜め息を吐いた。彼がふらっといなくなるのは今回が初めてではない。それどころか恒例となってきている。朝昼夜と時間も状況も選ばないそれだが、放っておいたら簡単に死にそうで、それこそ私が死にそうになりながら探すのだ。彼が死ぬより先に、私が心労で死んでしまいそうだ。

「君もこっちおいで」

そう言って伸ばされた手が死神の手に見えた。私は胸の前で守るように己の両手を握って首を振った。

「危ないですよ……」

「ふうん」

彼は興味無さげに言って、私に背を向けた。私が行くまで帰る気はないらしい。私は覚悟を決めて、フェンスを越えた。下を見てはいけない、見てはいけないと暗示のように心の中で唱えたのも虚しく、ちらりと覗いてしまった。落ちたら確実に死ぬ。そんな高さに足が震えた。

「時々、何もかもがどうでもよくなるんだよね」

そう呟いた彼の瞳には何も映っていなかった。

「帰りましょう、ね……?」

「そうだね。僕、帰るよ」

足立さんの唇が弧を描いた。気がつけば私は宙に放り出されていた。

「またね、名前ちゃん」

吸い込まれるように地面に落ちる中、彼の瞳が金に輝くのを見た。


140811
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