小説 | ナノ

 人間は考える葦である。意味はよく知らない。

「……って、オイ! 聞いてんのかよ!」

はっとして落ちかけていた視線を上げると荒北が不機嫌そうな顔をしていた。下を見ると私には到底理解できそうにない数学の教科書。ああそういえば荒北に教えてもらってたんだった。理解の範疇を著しく越えてるもんだから、ついつい現実逃避しちゃったよ。

「き、聞いてるよ? 葦がなんだっけ?」

「何も聞いてねェな、ったく」

「ごめんごめん」

呆れたように頭をかいて、荒北は「あと一回しか言わねえからな」ともう一度始めから説明してくれる。なんだかんだ言っていいやつである。


「……え?」

「あ?」

「この式がどうやったらこうなるの」

「だからさっきの式がこっちに来て……」

「……ああ。なんだ、魔法か」

だってまったく別物だもの。荒北にはきっとなにか特別な力が備わっているに違いない。

「オメェそんなんで次のテスト大丈夫なのかよ……」

細い目をさらに細めて冷ややかな目で私を見つめる荒北に、私はぐっと親指を立てた。

「なんとかなる! 泥舟に乗ったつもりで任せなさい!」

「だめじゃねェか」

考えすぎで痛くなった頭を休ませるために窓の外を見ると、太陽がぎらぎらと地面を照りつけていて、余計に頭が痛くなった。暑いだろうなあ。もうこのファミレスから出たくない。できれば数学もしたくない。

「あ、そうだ」

「んだよ」

「荒北、私のこと養ってよ」

そうすればもう数学を、というか勉強をする必要がなくなる。なんと素晴らしい考えであろうか。と自分自身に感心していると、荒北は目を見開いた。

「あぁ!? ふざけてんのかテメェは!」

「本気」

「誰がおめェなんか養うかヨ」

「朝ごはん作ってあげるからさ」

「朝飯しか作んねェのかよ」

「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」

荒北って、朝ごはんはパン派かな、ごはん派かな。あ、パワーバー派かもしれない。

「つかよ、養うっつーことは結婚」

「おーい、荒北ー、名前ー!」

「その声は、我が友、東堂ではないか」

見知った顔が手を振りながらこちらにやって来る。

「荒北なんて?」

「なんでもねーよ!」

「結婚? あ、結婚するなら東堂がいい」

「ま、当然だな」

「テメ、なめてんのか!」

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