小説 | ナノ

 じめじめした梅雨が終わった。私は初夏の風を感じながら、医院の外に設置された喫煙場所で煙を燻らせていた。2本目を取り出したところで、この医院の院長である宮田先生がやってきた。お互いに頭を下げる。彼はひとつしかないベンチの、私が座っているのとは反対側の端に座って煙草を取り出した。この距離が私たちの関係を如実に表していて、私は少しだけ泣きたくなった。

「……そろそろ、結婚しようと思ってるんです」

煙を吐いて、彼はおもむろにそう言った。私は鈍器で頭を殴られたような気分だった。どうして私に言うのと叫びたかった。

「それはそれは。おめでとうございます」

だが、私の口から出たのはそんな月並みの言葉だった。

「もし、もう少し早くに出会えていたら」

違う結果があったのかもしれませんね。私は宮田先生の言わんとすることがわかってしまって、途端に煙草が不味く感じられた。

「宮田先生らしくないですよ」

「ハハ、そうですね」

風はいつの間にか止み、私はじわりと汗をかいていた。私と彼は、先月関係を打ち切った。こそこそと浮気するのに耐えられなくなった私が切り出した別れだった。

「……生まれ変わったら」

私は3本目の煙草の火を消しながら言った。煙草なんて、本当は大嫌いだった。

「なんて、私らしくないですね」

立ち上がり、医院の中へのドアに手をかける。もうここには来ないつもりでいた。

「それもいいかもしれませんね」

ドアが閉まる直前、そんな声が聞こえた気がして、私はその場で静かに泣いた。

もうすぐ夏がやって来る。


140525
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