小説 | ナノ

 私はドアが開くのと同時に目を覚ました。液体に満たされたガラスケースのガラスごしに、血で薄汚れた白衣を着た宮田先生と目があった。私が
「先生」
と声をかけると、先生はこちらに静かに近づいてきて、とてもとても大切そうにガラスケースに触れた。ドクドクと私の中にある心臓が跳ね始めた。

「好きです」

 気持ちを抑えきれなくなった私は唐突にそう告げた。聞こえたのか聞こえていないのか、先生は微笑むだけで何も言わなかった。

「私もいつかまた外に出てみたい。宮田先生に会うまでは外なんて大嫌いだったけど、今は先生のいる外に行ってみたい」

 先生はぴくりと、一瞬眉根を寄せた。私は先生の機嫌を損ねてしまったのだと慌てふためいた。しかし先生はすぐ優しい顔に戻って綺麗な唇を動かし始めた。やや遅れて私は先生が何かを言っているのだと気付いた。しかし分厚いガラス越しでは何を言っているのか聞こえない。必死に唇の動きで言葉を読み取ろうとしたが、一言も理解できていない内に先生は唇を動かすのをやめてしまった。

「宮田先生」

 突然、ドアの外から優しい声が聞こえた。先生は何かを思い出したようで、白衣を脱ぎ捨てドアの方へ行ってしまった。私はというとその声を聞いた途端眠くなってしまって、先生がドアを開ける頃にはすっかり眠ってしまっていた。眠るのと同時に心臓も動くのもやめた。

 私はまた、暗い部屋でひとりぼっちになった。


130430
過去形と先生の多様
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