※注意
いつも通りの薄暗い中庭を病室の窓から眺めていると、名前を呼ばれた。振り向くと、いつの間に入ってきたのか、ドアの辺りに宮田先生が立っていた。
「なんでしょう」
「打ち放しの壁を見ていて楽しいですか」
ふふふ、と思わず笑ってしまった。窓もあって、きちんと外も見えているのに、おかしな人。その口ぶりじゃまるでないみたいじゃない。
「……ところで、この前の話ですが」
笑ったことが気に食わなかったのか、宮田先生は話題を変えてしまった。この前、……ああ、私が先生に告白した話かしら。そういえば先生が恥ずかしがって逃げたんだっけ。わざわざ口にしなくても、もうちゃんとわかっているのに。それなのに律儀に返事をする先生が可愛くて、私はくすくすまた笑ってしまった。
「お断りします」
「……え?」
予想外の返答だった。聞き間違えかしら。だって、断るだなんて有り得ない。おかしいでしょう?
「私たちの関係は医者と患者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……ッ!」
気がつけば私は枕元に置いていた羊の縫いぐるみを投げていた。それは狙いから大きく外れ床に落ちる。
「なに言ってるんですか? 私はこの世界の主人公ですよ主人公からの告白を断るなんて有り得ません血迷いましたか気が狂いましたかそもそも私は患者ではないですどこもおかしくありませんここにいてあげてるのは好意ですいますぐ出ていってもいいんですよ」
宮田先生は相も変わらず無表情で私を見つめていた。私は肩で息をしながらもにこりと微笑んだ。
「もう一度聞きます。私と……」
そのとき、背中がぞくりとした。何かが、足を這ってる……? 驚き恐る恐る見ると、大量の蛆が凄まじい勢いで私の体を登って来ていた。
「いや、いやぁあぁあああぁああっ!」
急いで手で振り払う。それなのに量は減らない。それどころか……
「あ、あ、なに、やだ、やだよぉ……せんせ、ああ」
真新しいリストカットの跡から、やっとつながかった皮膚を喰い破って蛆が湧いてきた。目から零れるのも涙ではなく……。うそだ、こんなの悪い夢だ。やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!
「あ゛っ」
次の瞬間私は死んだ。傍らにはネイルハンマーを持った先生。
「虫なんていませんよ」
窓も縫いぐるみも何も無い部屋でひとり呟いた。
120902 (脳内が)幸せな少女の話