※幼少期
「しろちゃん、あーげる」
そう言って、彼女は俺にアイスクリームを差し出してきた。いらないと思ったが、そう言えば彼女はぐずるだろうと考え直し、俺は受け取った。
その日は、真夏の、焼けるように暑い日だった。
「おいしい?」
折臥ノ森の涼しい場所に座り、彼女が聞いてきた。俺も隣に座りながら「はい」と答えた。
「よかった」
アイスを頬張りながら、彼女がまんべんの笑みを浮かべた。
「ね、しろちゃん」
アイスクリームを食べ終わったころ、彼女が俺を呼んだ。
正直、しろちゃん、という名前は、似合わないし、犬みたいで嫌いだった。しかし、何度言っても、彼女は直さなかった。
「……あのね、まじめな話だよ」
「何ですか」
彼女は不安げに、大きな瞳を揺らしていた。そして、しばらく躊躇ったあと、意を決したように言った。
「つらかったらね、にげよう?」
「逃げる?」
この村から? この女、何を言っているんだ? 同情でもしているつもりか?
「あ、ち、ちがうんだよ! わたしがいま、つらいから……」
俺の顔に影が射したのを見たのか、彼女は慌ててそう言った。
しかし俺がゆっくり首を振ると、彼女はがっくりと肩を落とした。
「た、頼ってくれるだけでもいいんだよ? 私、いつもしろちゃんにたよってばっかりだから……」
三角座りをし、膝に顔を埋めながら、「だから、たまにはたよってね?」と遠慮がちに言った。
「……ありがとうございます」
「え!?」
彼女が目を見開き、こちらを見た。眉間に皺を寄せながら「何ですか」と再び聞くと、彼女はへらりと笑った。
「しろちゃんに、ありがとう、って言われちゃった」
「そんなこと……」
ハァ、と溜め息を吐く。すると彼女は憤慨した様子で「そんなことじゃないよー!」と言った。
「そうですね」
「もー!」
言って、頬を膨らませる彼女が可笑しくて、ふ、と笑ってしまった。彼女はまた怒ったが、すぐにつられて笑い始めた。
それから数日、彼女が失踪した。彼女もまた、木の枝に引っ掛かり、朽ちて逝っているのだろうか。
120315 練習
120323 修正