小説 | ナノ

 桃源郷に白澤さんがいないのを確認しながら店に入る。店内にもいないのを確認してから、怪しい者でも見るような目付きで私を見る桃太郎くんを、手招きした。

「桃太郎くん、桃太郎くん」

「な、なんですか」

眉間に皺を寄せる桃太郎くんに、小さな声で質問する。

「白澤さんは?」

「いま出掛けてますけど……」

「よし。……えっとね、桃太郎くん」

小さくガッツポーズしてから、桃太郎くんの耳元に口を寄せる。

「胸大きくする薬、ないかな。……ほら、白澤くんってそういう人が好きみたいだから……」

小声で言ったあと、少し距離を取り桃太郎くんを見ると、彼は困った顔をしていた。あの人のことだからあるかと思ったけど、やっぱりないか……。

「ないよ」

「そっか……。そうだ」

言いかけて、はっとした。この声、桃太郎くんじゃない……。そう思い振り向くと、真後ろににやりと笑う白澤さんがいた。

「仕方ないから僕が揉んであげようか」

ぼん、と顔が赤くなるのが自分でもわかった。白澤さんに、ばれた。ばれた……!

「ていうか名前、僕のこと好きだったんだね」

「嫌ぁあああ! 白澤さんのことなんて……好きじゃないですから!」

恥ずかしさのあまり白澤さんにアッパーをかまし、外に飛び出してしまった。
 後日聞いた話だと、かなり吹っ飛んだらしい。……謝っておこう。

120315
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