王子を隣国の姫に獲られ二人を殺し鮮血に染まった人魚姫。通称、ブラッディセイレーン。銃で撃たれても刃物で刺されても内臓を潰されても死なない、不死の女。それが、私。
今はとある事情からヴァリアーという組織に属しているが、今夜、誰にも告げずに抜ける。
人魚の肉を食べれば自身も不老不死になれると信じる賊が、私を狙い、ヴァリアーの仲間に攻撃を仕掛けるのだ。良くしてくれた仲間に迷惑を掛けるわけにはいかない。
夜。後ろめたい気持ちや甘えたい気持ちを押し殺し、荷物をまとめて本部を出た。
と、そのとき。門の近くに誰かが立っていることに気がついた。
「ベル……」
いたのは、かつての想い人によく似た彼だった。心の奥底から溢れ出す愛憎の念には気付かぬふりをし、私は笑って見せた。
「ししっ、なにやってんの?」
「こっちの台詞よ」
いつもの笑顔と、どこか責めるような声音に、私は肩をすくめ言った。すると彼は大股でこちらに来て、あろうことか私を抱き締めた。
「名前のこと待ってた」
一瞬、ベルと彼が重なって見えた。彼はそう言って裏切った。私はそっと背中に手を回すと、武器である鋭い爪を伸ばしいつでも殺せる体制をとった。
「私と一緒に、逃げてくれる?」
二者択一の簡単な質問。獲られるのは永遠の生か、死か。
120106