小説 | ナノ

※来世シリーズ

 静かな診察室には、私の座っている椅子の軋む音が響いていた。前に座る宮田先生は、真剣な表情でカルテを見つめていた。

「先生」

 呼び掛けると、彼は一瞬だけこちらを見て「なんですか」と言った。

「私、生まれ変わったら深海魚になりたいんです」

宮田先生は「そうですか」と言いながら、カルテに何やら書き込んでいた。

「深海って謎が多いじゃないですか。沈没船とか、UMAとか……」

「怖がりの名前が深海で暮らせるとは思えんが」

ばかにしたような先生の言い方に、私は唇を尖らせる。

「生まれつき暗いところにいれば、怖くなんかないですよ。きっと」

「……まあ、怖くなったら」

ふ、と先生が笑った。

「病院の水槽で、俺が飼ってやる」

腕の痣を撫でながら「それじゃあ今と変わらないね」と、私もふふ、と笑うと、唇の間から漏れた空気が気泡となった。


120311 ととと
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