小説 | ナノ

 今日は週に一回の「アカギさんの部屋を掃除する日」。
 だから私は、ビーフシチューの材料の入ったエコバックを持って彼の部屋を訪れた。ポケットから合鍵を出し、部屋の施錠を解除する。玄関に靴を揃えて置き、お邪魔します、と小声で言って部屋にあがった。

「相変わらず殺風景……」

 部屋にあるのは四角いテーブルにソファー、そしてベッド。たったそれだけ。私は生活感のない部屋に溜め息を吐きつつ、冷蔵庫に材料を納め、掃除を始めた。


「……よし、出来た!」

 小さくガッツポーズをしながら、我ながら上手く出来たビーフシチューにふたをした。
 掃除も終わり、料理も終わった。となれば、そろそろアカギさんも帰ってくる頃だろうし、私は私の家へ帰ろう。

 かばんを持ち、靴を履いて、ドアノブを掴んだ。その瞬間。

「……あ……」

ドアが、開いた。キィイと不気味な音をたて開くドアの向こうには、アカギさんが立っていた。

「……あ、あ。あぁ……」

 何も言わず、ただただ私を見つめるアカギさん。どうしよう、どうしよう。逃げるにも彼が壁になっていて逃げられない。

「……入っていい?」

 泣きそうになっている頃、しびれを切らしたのかアカギさんが口を開いた。突然の事に肩が跳ねた私を見て、彼は愉しそうにくつくつと喉を鳴らした。

「あんただったんだ」

「……は、はい……」

やはり警察に突き出されるのだろうか。それともぼこぼこに殴られるのだろうか。も、もしかしたら遠くへ売り飛ばされるかも……。考えれば考えるほど悪い想像しか出来ない。あぁ、目頭が熱くなってきた。

「……上がれば」

「え!?……え、あ、はい?」

 気が付けばアカギさんは部屋の中に入っていた。どれだけ注意不足なんだ、私。と、少し頭が痛くなった。
 何事も無かったかのようにソファに座り煙草を吸うアカギさんに、少し躊躇したがここで帰るのも失礼かと思い、再度お邪魔することにした。


「あ、あの……」

 隅に立ったまま話掛けると、アカギさんはチラリとこちらをみた。

「なんで、私なんかを……?」

 私が言うのも何だが、家にいれる理由はないはずだ。それなのに、なんで……

「……別に」

「べ、別にって……」

 思いもよらなかった返事にすっ頓狂な声が出た。

「だめです! 危ないです!」

「あんたが言えることじゃないでしょ」

「そうだけど……」

 でも、やっぱり危険だ。

「まあ、強いていうならあんたは間抜けそうだったから、かな」

「ま、間抜け……」

 言い返せない……。

「それよりも」

 彼の綺麗な指が差したのは、ビーフシチューが入った鍋。用意しろって事かな。もう一度アカギさんを見るとうんうんと頷いたので、私は台所へ行って戸棚から皿を出した。私も食べて、いいよね……?
 そう思い、二人分のビーフシチューとスプーンを持っていくと、アカギさんにまた笑われた。

「やっぱ変だな、あんた」

title:ゆえに
120130 長い

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