小説 | ナノ

※捏造

 雨が降っている。私は起きて一番にそれを確認すると、いつもより気合いを入れて化粧をし、お気に入りの服を着た。そして急いで家を出て、近所にある廃ビル五階の奥の部屋へ行った。


「一条さん」

 やはり彼はそこにいた。私が声をかけると、彼はゆっくりと振り向いた。憂いを帯びた悲しげな瞳が私を捕らえる。

「名前か」

自嘲めいた笑みを浮かべまた視線を戻す一条さん。私は音をたてないよう気を付けながら、彼の隣に並んだ。

「止みませんね、雨」

「あぁ、そうだな」

 灰色の空に覆われた街。そこには私の家や、一条さんのお店や住んでいるマンション、そして悲しい交差点までもがある。ここからは街全体が見渡せるのだ。
 それこそが、雨の日のみ彼がここを訪れる理由。彼の婚約者は、こんな日にとある交差点で死んだ。言わずもがな事故死だ。突然愛する者を亡くした悲しみで彼は死を考えるようになった。そのさなかに見つけたこの廃ビル。彼は屋上から身を投げようとした。それなのに、後を付けていた私によって阻止されたのだ。
 一条さんは今でも死を考えている。だから雨の降る日、この場所に来ているのだ。
しかし私は自殺を止めるためにこの場所に来ているのではない。私は、彼に会うために、この場所に来ているのだ。もし彼が死んでしまったとしてもそれはその時だと思うし、彼と私の関係にこれ以上の進展は望めないから。だから私は、止めるのではなく、ただ、会うためだけに。


「俺、帰るから」

 しばらくして、彼はそう言った。

「はい、また明日」

私がそう言うと、彼は私の頭を軽く撫でてから出ていった。


 雨は、好きでいて嫌いだ。しかしながら出来れば明日も降ってほしいと思う。

彼にまた、会えるから。



120127
TITLE:ゆえに
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