小説 | ナノ


「さよなら」

 彼はそう言うや否や消えてしまった。行かないでよ、なんて言葉も虚しく、彼は春風と共に消えてしまったのだ。す、と温かい何が頬を伝った。

「おいて、いかないでよ……」


 ふと、目が覚めた。まだ醒めない頭をもぞもぞと布団から出すと、至近距離にアカギさんの顔があった。
 まだ、寝てる。すーすーと寝息をたて眠るその顔はどこかあどけなく、どこか儚かった。
 また怪我してる。頬の傷に手を伸ばし、そっと撫でる。瞬間、目の前が真っ暗になった。どうやら抱き締められたらしい。なんとか脱出を試みるも、しっかりと背中に手を回されており失敗に終わった。
 仕方なしに目を瞑ると、不意に、心臓の動く音が聞こえた。今まで意識していなかったせいで聞こえなかったのだろうか。
 静かに動くアカギさんの心臓。アカギさんは、ここにいるんだ、改めてそう思うと、また、涙が流れた。
 もう帰って来ないかと思った。すごく心配した。どんな怪我をしても、どんなに遅くなっても、帰って来てくれるだけで幸せだと感じた。

「名前」

腕の力が弱まったと思ったら名前を呼ばれ、再度上を向くとアカギさんと目があった。

「泣いてる、の?」

寝起き独特の掠れた声。私はゆっくりと頷き、笑った。

「幸せなの」

アカギさんは私の瞼にキスをして、小さな声で「俺も」と言った。



 私は、ここにいる。いつだって貴方の帰りを待ってる。どんな怪我をしたって、生きていてくれさえすればいればいい。

私は、ここにいる。
貴方を待ってる。




120122 練習
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