小説 | ナノ
TITLE:寒中水泳
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死んでやろうと思った。鬼男が来ないなら、川へ落ちて死んでやろうと思った。
というのは嘘で、死ぬ気なんかさらさら無かった。だって鬼男は絶対に来てくれる。最後は私を選んでくれる。絶対、絶対に。
「なまえちゃん!」
手すりに腰掛けて赤い月を眺めていると、名前を呼ばれた。鬼男の声じゃ、なかった。ゆっくり振り向くと、肩で息をする閻魔がいた。
「鬼男は」
「来な、いよ」
閻魔が苦しげに顔を歪めた。なに、それ。来てくれないって、なんで。
「意味わかんない」
とは言ったものの、本当はこの状況が一番しっくりきていた。逆に鬼男が私を追ってきたなら、私は混乱したにちがいない。
私ははあ、と大きな溜め息を吐いて、手すりから降りた。
「閻魔」
「なまえちゃん」
帰ろう、と言おうとすると、閻魔に遮られた。真っ直ぐこちらを向いて、いつになる真面目な顔。
「こんなときに言う事じゃないけど」
閻魔はたっぷり間を開けてから、震えた声で続けた。
「オレと付き合って」
閻魔は私がまだ鬼男を好きだと知っていて言っている。それでもいいって言うなら
「いいよ」
閻魔が嬉しそうに笑った。
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