フォンダンショコラD(アマ燐)
※喫茶店パロ設定。
※アマ燐というよりアマ→燐。
※甘くはないかもしれませんが苦くもない、と思いたい。
※実はコレのアナザーストーリー。
※瑠知様、糖度低めで申し訳ありません。





ボクの方が先だった。
先に君を見つけた。先に君に声をかけた。先に君の入れた紅茶を飲んで、君の作った菓子を食べた。
知らなかった。知りたくもなかった。
初恋というものがこんなにほろ苦いものだなんて。




外はさっくり香ばしく。中はしっとり濃厚に。そして更に真ん中は熱く舌を溶かすように。
作り手がそう呪文を唱えながら作ったのだろうか、目の前に置かれた菓子は魔法のように完璧な出来だった。
冷めてしまう前にナイフを入れて、中から溢れてくるほろ苦いチョコレートソースの黒を愛でながら口に運ぶのに勿体なさを感じつつもフォークに突き刺した欠片を舌に乗せる。

「……完敗です」
「何に」
「燐の全てに」

舌にのせた瞬間舌を蕩けさせた熱さと甘さの織りなす深い味わいに思わず溜息をついて正直に感想を述べた。
自分としてはこの上ない称賛のつもりだったのだが、チェリーのフレーバードティーを注いでくれていた燐は眉間に皺を寄せてポットをカップから離す。
しっかり者の弟から耳にタコができるほど言い含められているせいか、彼は客に何か言いたいことがあっても滅多に口に出さない。結果必要なリップサービスすら欠けた無愛想な給仕となったわけだが、それに加えて根が素直なせいか気に入らないことがあれば表情にありありと浮かぶのだ。
自分は彼のそういうところも含めて愛しくて堪らないのだが、本音を言うならもっと声を聴かせて欲しかったりする。

「燐、」

名前を呼んでも彼はちらりとこちらを一瞥しただけで何も言わずに甘酸っぱい香りの紅茶が入ったポットをテーブルに置き、踵を返して着崩している割に皺のない白いシャツが映える背中を見せた。黒いギャルソンエプロンの巻かれた細い腰にいつか腕を回して抱き寄せてみたいなんて不埒なことを考えながら良く磨かれたシルバーで熱いチョコレートを絡めたフォンダンショコラの一欠けらを一つ、また一つと口に運ぶ。

(考察その266 燐を喜ばせるのはどんな言葉か)

毎日のように店に通っても燐と交わす言葉は少ない。しかしそれでも燐の感情の起伏はわかるから、きっと燐が喜ぶ言葉があればもっと燐に近づけるはず。
言葉を繰るのがうまい兄ならきっとこのフォンダンショコラのように甘くて蕩けそうな言葉を囁くのだろうが、残念ながら自分は言葉を選ぶのが下手な方で。
なにしろ彼への思いは溢れて留まることを知らないのだが、先程のように正直に伝えても感触はよろしくない。

(今までの言葉を検証すると「愛してます」は赤面して逃走。「君はボクの運命だ」は無視。「可愛い」はドン引き)

フォンダンショコラが全て胃の腑に落ち、フルーティーな紅茶で余韻を楽しむ頃に脳内検証を終えてほっと一息をつく。

「やはりストレートなものが一番ですね」
「……オレもフレーバードティーはそのフレーバーを堪能するためにストレートで飲むのが良いと思う」

思いがけない相槌にはっと顔を上げれば、先程背を向けてしまった燐がこちらに無愛想だが愛らしい顔を向けていて。ぴんと背筋を伸ばして空になったカップに薄く湯気の立った新しい紅茶を注ぐ姿は先ほどの検証が飛んでいってしまいそうなほど綺麗だ。

「ただシナモンとか効いたスパイシーなものやキャラメルやショコラみたいなほろ苦いものに関してはミルクも合うと思う」

ボクの呟きを勘違いしたのだろう。紅茶の飲み方について語ってくれる燐はいつになく饒舌でいつまでもその声を聴いていたいと思うのだが、先程の検証を生かす機もまた今しかないわけで。
燐の言葉が一旦切れたところでボクは口を挟むことにした。

「燐、」
「なんだ?」

紅茶に関しての質問を予想してか、いつもより機嫌の良い声で問い返してくれる燐の青い目をじっと見つめながら口を開いた。

「ボクはり」
「あ、ついてる」

『ボクは燐のことが大好きです』

そう告げるはずだった唇が固まって動かない。
なぜなら燐の小さな爪が嵌った指がボクの口元についていたらしいフォンダンショコラの名残をすくい、そのチョコレートがついた指先をボクの口へと滑り込ませたからだ。
否応なしにボクの舌に燐の指先が触れ、チョコレートだけではない甘さが口いっぱいに広がり一気に体温が上がる。

「〜っ……!!」
「で、何?」

他意は全くないのだろう。不思議そうに燐は首を傾げる。しかしその涼しげな表情がボクの劣情を一層煽った。
もう限界。
フォークで割ったフォンダンショコラのようにボクの中からどろりと熱いものが溢れだす。

「……燐、ボクは君を食べたい」
「は?」

燐の指を口に含んだまま正直に告げると燐は引き攣った表情で一歩後退する。しかし今のボクがそれを許すはずもなく。人より鋭い歯で柔らかい燐の肉を噛めば、燐の肩が震えて動きが止まる。その隙に白いシャツからのぞく適度な細さの手首を掴むと燐の目が更に見開かれた。
どうしよう、その怯えが混じった顔すらも愛しくて、愛しくて、愛しくて。

「兄上に先を越されるのはもうゴメンです」

こんな思いの遂げ方は間違っているのかもしれない。
でももう後戻りはできない。
流れ出したチョコレートソースが元に戻ることができないように、溢れだしたボクの想いももう閉じ込められないのだから。


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