ヌガーグラッセ(メフィ燐)
※メフィにお菓子を作ってあげる話ということでしたがマイナーなお菓子で申し訳ありません。そしてメフィ燐というよりメフィ→→←燐みたいな話です。
※話の時間軸はまだクロと出会う前。
※都合よくセコム(雪男)ログアウト状態。でもきっと理事長のせい。
※オチもログアウトしました。
※大好きの気持ちにこんな形でしか答えられない戒めに書いてる人はPC前でスクワット100回行ってます。







学校も塾も休みのとある日の昼下がり。
珍しく早起きしたオレはふと手の込んだ料理が作りたくなって学校の図書館から借りた料理の本を捲っていた。するとまだ作ったことも食べたこともない料理が目に入って、ページを繰る指を止める。

「なんだ、これ?」

アイスでもない、ケーキでもない。
不思議なデザートの見た目と未知の味に心惹かれ、オレは雨が降っているのも構わず、傘も差さないで財布片手にスーパーへと材料を求めに走ったのだった。

「……で、なぜにこうなった」
「それは奥村君が傘も差さずに雨の中を馬鹿みたいに走っていたからですよ」
「どーせ馬鹿だよ、オレは。つか、男二人で相合傘って……」
「まぁまぁ、お気になさらず☆」

目当てのものを無事ゲットしてスーパーから出てきたとき、災難なことに雨は小雨から土砂降りになっていた。傘を持たずにでてきたことを後悔しながらもとにかく走れば少しはマシと思って一心不乱にスーパーの袋を抱えてダッシュしていたのだが、その途中でお菓子のアップリケが痛々しいピンクの傘が差しだされた。傘の持ち主は振り向かずとも明らかで、そのまま走り続けても良かったのだが濡れた頭に真新しいタオルを乗せられるとそういうわけにもいかずに現在に至る。

「それにしてもこんな雨の中買い物とは。夕食の買い出しですか?」
「いや、晩飯の材料は揃ってる。これは初挑戦のデザート……!」

タオルのやわらかさとふわりと香るグレープフルーツに似た良い匂いに浸っていて、つい口が緩んでしまったと気づいた時にはすでに遅し。
顔を埋めていたタオルから顔を上げれば効果音がつきそうなほど目を光らせたメフィストの顔がそこにあって頬の筋肉が引き攣る。

「ほう、デザート!ところで奥村君、この傘とタオルのお礼は……」
「だー!!わぁったよ、食わせりゃいーんだろ、食わせりゃ!!」

自棄になって怒鳴り散らせばメフィストはさも当然という顔をして頷き、そうして寮に着く頃にはあれだけ激しかった雨は止んでいて。見上げた空には憎たらしいほど綺麗な虹がかかっていた。

「それで初挑戦するデザートって何なんですか?」

メフィストは寮の食堂に入るや否や手袋をはめた指を鳴らし、しえみが着ているような着物と似た柄の布が張られた安楽椅子を取り出して腰を下ろす。それから召使を呼ぶようにパンと手を叩けばテーブルの上に立派なティーセットが現れた。
祓魔師というより魔法使いみたいなメフィストの行動を横目にエプロンを身に着け、スーパーの袋をぶら下げ厨房へ向かう。

「ヌガー・グラッセ。凍らせなきゃいけねーし、出来るのは夜になるぞ」
「構いません。だって夕食もご馳走してくれるのでしょう?奥村先生は出張中ですしねぇ」

時間がかかるとしれば帰るかもしれないなんてオレの淡い希望は夏場のアイスよろしくあっさりと溶け崩れた。そして引き攣った顔で後ろを振り返ればわざとらしくウインクしたメフィストと目が合い、オレの口から魂混じりのため息が漏れたのだった。
しかしメフィストに食わせなければいけないというのは憂鬱だが料理自体が憂鬱になることはない。手を洗ってレシピを見える場所に貼り、材料を広げれば先ほどまでの憂鬱な気持ちはどこかへといってしまった。

「っし、準備の準備から始めっか」

材料の一つを作るためにまずはグラニュー糖と水を鍋に入れて煮詰める。そこへ皮つきのアーモンドをどさっと入れてシロップをアーモンドに絡ませ、雪化粧を纏うまでかき混ぜて再び火にかける。弱火でゆっくり炒っているうちにアーモンドの周りの砂糖が再び茶色になるが、構わず炒り続けて中まで火を通す。香ばしい香りが鼻を擽り、ついつまみぐいしたくなるのをぐっと堪える。アーモンドの炒り具合は外見だけではよくわからいので試しに一つ取り出しナイフで切って断面を確かめる。断面も薄茶色になっていることが確認できたら火を止め、少量のバターを絡めてから台に移して広げ、手早く一つずつ離して冷ませばアーモンドキャラメリゼの完成。そしてアーモンドを冷ましている内にオレンジピールとレモンピール、ドレンチェリーとレーズンを細かく刻んでおく。ピスタチオも皮をむいて他のものと同じくらいに刻み、冷ましたアーモンドも同様に。ここまできたらボウルに卵白を入れて泡立て、軽く泡立ってきたら煮詰めた蜂蜜を少しずつ静かに加えて更に泡立てる。こうしてできたメレンゲを柔らかめに泡立てた生クリームに混ぜ、大きく下から上へ持ち上げるように混ぜる。その中に先ほど刻んだフルーツやナッツをくわえてさっくりと混ぜ込めば生地は完成。あとは深さのある容器に入れて表面をならし、冷凍庫で固まるのを待てばよい。

「さて、夕飯までは時間あるしちょっと休憩するか」

デザート作りのために使った鍋や台を片付け、シンクを軽く磨いてから厨房を出るとメフィストは優雅に紅茶を飲みながら本を読んでいた。やはり帰ってはいなかったか、と心の中で毒づいても目の前の問題がいなくなるわけでもないので諦めて向かいの席に腰を下ろした。すると空のカップがふわふわ浮いてやってきてオレの前に着陸する。後を追うように空飛ぶティーポットもやってきて空のカップに紅茶を注ぐ。

「お疲れ様です。とても集中されていましたね。……塾の授業でもこれくらいの集中力を発揮していただきたいものです」
「うるせー。それよりお前のその魔法みたいなやつの使い方を教えろよ。そっちのが面白そうじゃん」
「無理ですね。コレ、結構繊細な術なんですよ。奥村君向きではありません」

ダメ元だったとはいえあまりにもきっぱり言われるとちょっとへこむ。それが表情に出てしまっていたのか、カップを置いたメフィストが口元を抑えながら笑うのを堪えているのが目に入って眉間に皺が寄る。

「いやはやすみません、別に奥村君を馬鹿にしたわけではないのですよ?人でも悪魔でも向き不向きというものがありますから。ちなみに今私が使っているのは魔術であって魔法ではありません。魔法というのは、そうですね、たとえば君が悪魔と意思の疎通を交わすアレが人から見れば魔法の一種なんですよ」
「え!?そうなのか?」

意外なことを聞かされ思わず目を丸くしたオレにメフィストは頷きながら読んでいた本を閉じて話を続ける。

「魔術というのは人間が魔法に憧れそれを追及する中で構築したもので、決まった手順を踏まないと発動しないものです。悪魔祓いの時の詠唱もそうです、一言一句でも違えば効力はない。しかしアナタが悪魔たちと意思を疎通させるときや炎をつかうときにそんなまどろっこしいことはしないでしょう。人間の理屈や自然界の法則を無視して結果を導き出すもの、それが魔法です」
「あ、ああ……。じゃあ、オレは魔法使ってんのか。全然自覚ねーけど」

なんだか信じられなくて両手をわきわきさせながら見つめているとメフィストがパチンと高らかに指を鳴らした。その直後ピンクの煙と共に先ほど冷凍庫に入れたヌガー・グラッセが現れる。思わず、まだ固まってないのに!と声を上げようとしたが、宙に浮いたヌガー・グラッセからひんやりとした冷気が伝わり別の言葉が口をついた。

「もう固まってんのか……?」
「はい☆少しばかりお手伝いさせていただきました」

唇の端を釣り上げて笑ったメフィストは更に白い皿やらスプーン、よそうためのヘラなども呼び出してきて魔術とはいえその手際の良さに俺はつい感心してしまう。ヌガー・グラッセはヘラですくいあげればヌガーのように伸び、トルコアイスを彷彿とさせた。しかしトルコアイスより重みがあり、また中に混ぜられたナッツやフルーツが彩りを添えている。白い皿に山を模して盛ってからメフィストのリクエストでチョコレートソースをくるりと一周、山を囲むように回しかけて完成だ。

「「いただきます」」

二人そろって手を合わせてからスプーンでヌガーグラッセをすくって口の中へ。ひんやり滑らかでちょっと重みのあるクリームが口の中で溶けた後、ナッツの香ばしさや甘いフルーツの引きの良い甘みがじんわりと広がってゆく。

「うーん、手間かけただけあるかも」
「ええ、とても美味しいです。これはお店に出してもいい味ですよ。素晴らしい」

普段軽い口調で皮肉や辛辣なことを言うメフィストに素直に褒められるとやはり嬉しくて。自然と緩んでしまう顔を隠すように俯いていたら、不意に視界に影が出来て視線だけ移動させると珍しく手袋を外したメフィストの手がオレの頭に伸びていた。

「奥村君、先程魔法の話をしましたよね」
「へっ!?あ、ああ、それがどーしたよ?」

何故メフィストに頭を撫でられてるのか状況が全く飲み込めなくて思わず声がうわずってしまう。そんなオレの様子に目を細めて笑ったメフィストはその青白い顔を耳に息がふきかかるほど近づけてきた。

「!?」
「私はね、アナタの存在自体が魔法みたいなものだと思うんです」

鼓膜を震わすメフィストの声が頭の中でエコーがかかっているように反響する。普通だったらこんな耳元で囁かれたりなんかしたり突き飛ばしたり殴ったりできるはずなのに、全く体が言うことを聞かない。ただ辛うじて口は動かせるのでどもりながらもメフィストとの会話を続ける。

「なななな、お前何言って……!」
「アナタは複雑な甘みがねっとりと絡み付く、このヌガー・グラッセのような存在。どんな魅了術も効かない私の心を法則も理屈も無視して虜にする」

首筋をメフィストの整えられた髭の先がくすぐり、ぞわりと皮膚が泡立つ。しかもいつもとは違う甘い低音が熱い吐息と一緒に耳に入ってくると背中に今まで感じたことのないおかしな痺れが走る。

カラン。

力の抜けた手から滑り落ちたスプーンが床に落ちた瞬間、オレの視界は闇に包まれた。

「奥村君、さっき約束しましたよねぇ?『夕食』もご馳走してくれるって」

意識を手放す前に聞こえたメフィストの言葉の意味をオレはまだ理解できなかった。













ヌガーグラッセの作り方はお菓子の.基本.大図/鑑という本より。ちなみに自分はアーモンドのキャラメリゼを作るのが面倒だったので皮つきのローストアーモンドを砕いて入れました。実はドレンチェリーもあまり好きではないので、代わりに干し杏を入れたり。作中ではドレンチェリーの方がメッフィーっぽかったので載っていたレシピに忠実に作ってもらいました。

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