スクランブルエッグというものはただ卵をぐちゃぐちゃに焼いただけではできないものだ。
卵は直接フライパンに割り入れるより、あらかじめボウルで空気を含ませるようにかき混ぜておいてから入れた方がふんわりと焼きあがる。
フライパンにひくのはバターでもいいが、トーストでもたっぷりバターを使うためオリーブオイルという選択肢も有りだ。
火加減は強火でざっと、というのはいただけない。
そしてスクランブルエッグを作る時の最大の楽しみは、温めたフライパンと油の中に溶いた卵を広げるときのじゅわっという音。
〜♪
鼻歌を歌いながら卵が固くまとまらないように菜箸を使ってリズミカルにかき混ぜていると、不意に体が重くなった。
「オハヨウゴザイマス……」
「おはよ。ひでぇ顔してるぞ?」
「昨日遅くまで、というか今日の日付になるまで仕事してましたからね。ふぁ……」
欠伸を噛みしめながらいつもより濃くなった目の下のクマをこするメフィストの姿に同情の意も含んだ苦笑をこぼし、焼きあがったスクランブルエッグを金縁の白い皿に盛る。
「今日は会議も朝礼もないだろ。もっと寝てればよかったのに」
「嫌です。だって燐君のご飯が冷めてしまいますから」
急にキリッとした表情で大真面目に語るメフィストには申し訳ないが、今日の朝食は手の込んだ旅館風の和食などではない。
ミニトマトを添えたスクランブルエッグにサラダ代わりのグリーンジュース、それにバターとはちみつを乗せた厚切りトーストというシンプルなものだ。
しかしメフィストはそんな朝食を広げたテーブルに嬉々として着くと、律儀に手を合わせて「いただきます☆」とありがたそうに頭を下げる。
なんだかくすぐったくなる光景だと思いながら自分も席に着くとまずはトーストに手を伸ばす。
厚切りトーストの表面は香ばしく、中はふわっと柔らかい。
歯を立てるとじわりと溶けたバターとはちみつが混ざり合って舌の上に流れてきて、絶妙な塩味と甘味が口いっぱいに広がる。
「燐君、」
「ん?」
トーストに噛り付いたまま首を傾げるオレに、メフィストはスクランブルエッグをフォークでつつきながら満面の笑みを向ける。
「良い朝ですね」
元々夜型のメフィストは朝があまり好きではない。
そのことを知っているから、その短い言葉に込められた意味が嬉しくて。
「……あぁ、良い朝だ。すごく」
かじりかけのトーストを皿に置き、メフィストと見つめあう。
ちょっと前までは気まずくて、恥ずかしくて、目を合わせることも出来なかったのに、今ではこんなに自然に出来る。
幸せとは、こういうことをいうんだろうか。
愛しいヒトと過ごすなら、気怠い朝も眩く輝く幸せな朝になることを知りました。
どうでもいい補足:グリーンジュースは青汁パウダーを100%リンゴジュースで溶いたものです。