DARJEELING MAGIC(メフィ燐)
※喫茶店を営む燐と常連客のメフィストの話。素敵企画なもしりん様に提出させていただきました。





その店は繁華街の喧騒からは遠い住宅街の一角にあった。
それなりに裕福な者が居住している屋敷に見える、赤いレンガ造りのそこそこ大きい洋館。門の黒い鉄柵には『open』とだけかかれたプレートがかけられており、そこをくぐって洋館の玄関にたどり着くと紅茶の芳しい香りと甘い香りが鼻を擽るだろう。

『Blue Magic』

それが看板のない喫茶店の名前である。





「こんにちは」

道化じみた服を身にまとった男は店が休みの日曜日以外、決まって午後の二時に店の扉を叩き、四時に席をたつ。
頼むものは大抵ダージリンに日替わりのスイーツ。
男の名前はメフィスト。職業は小説家。午後のひと時をお気に入りの喫茶店で過ごし、物語の構想を練るのが彼の日課であった。

「いらっしゃい」

客商売向けではない無愛想な顔にぶっきらぼうな言葉。
仕立ての良いギャルソンの制服を着崩している少年を初めて見た客は眉をひそめて踵を返すかもしれない。
しかしこの少年がこの喫茶店唯一の給仕であり、パティシエであった。舌の肥えたメフィストを唸らせる紅茶もスイーツも彼の手のものである。
少年の名前は燐。
一年前、この洋館の主人だった父親からこの洋館と財産を受け継いだ燐は双子の弟と共に今は亡き父親が好きだった紅茶と菓子の店を開くことに決めた。
幸い燐は料理と紅茶に関して稀有な才覚があり、双子の弟の雪男も酷く頭の切れる少年だった為優秀な経営者となって店を切り盛りした。
おかげで数は少なくとも上質な常連客がついて店の経営状況は良好らしい。

「今日のスイーツはなんですか?」
「オレンジピール入りチョコレートタルト」
「ほお!それはまた美味しそうだ。ではそれといつものダージリンを」

上機嫌に注文を頼むメフィストを一瞥して燐は無言で準備を始める。
茶葉が泳ぐのが見えるガラスのティーッポットに熱いお湯を注いでポット全体を温め、湯を捨てた後フィルターをセット。缶から取り出した茶葉を入れるとポットにこもった蒸気で少し蒸らす。シュンシュンとケトルが白い蒸気を吐き出し始めれば火を止め、ゆっくりとした動作でポットにお湯を注ぐ。

「眼福ですなぁ……」

凛とした表情で紅茶を淹れる燐の姿をメフィストは頬杖をついて眺める。
この時のメフィストは目尻と口元を緩ませた締まりのない顔をしているのだが、燐は紅茶に集中しているためそんなことには気づいていない。
燐の姿を愛でながら、メフィストはふと自分の弟のことを思い出した。
メフィストにはアマイモンという自分よりは燐と近い年頃の弟がいて、彼もまたこの店の常連であったりする。
そのアマイモンが偶々メフィストと同じ時間に店にやってきたとき、紅茶を淹れる燐の姿を眺めるメフィストのあまりにも緩みきった顔を目撃してしまうという不幸が起きた。

『兄上は変質者ですか』

思い切り拳を右頬にめり込ませてから真顔で告げるアマイモンに客に対してはあまり表情の変化を見せない燐も唖然とした顔で立ち尽くし、メフィスト自身はこの事件で自分が燐に対してどんな感情を抱いているのか文字通り痛感したのだった。

カタン。

テーブルに置かれた砂時計のたてた音でメフィストは我に返った。
顔をあげると何か言いたげな顔をした燐と視線がかち合う。

「どうか、しました?」

2、3分ほど無言のまま視線を絡めていたのだが、流石のメフィストも気まずくなって口火を切る。
すると燐は気まずそうに顔をふいっと横に逸らして、落ち切った砂時計を回収しフィルターを引き上げた。
ふわりと花のような芳香が広がり、メフィストは目を細めた。

「べ、別になんでもない。ただ……」
「ただ?」

メフィストが先を尋ねると、燐の白い肌がみるみる内に桃色に染まっていく。
燐は唇を噛みしめて黙ったままカチャカチャとせわしない音をたててポットの中を金のスプーンで掻き回し、紅茶を白地に青い花が描かれたカップに大胆に注ぐ。
とびきり水色の美しいダージリンの入ったカップをソーサーと共にずいっとメフィストへ押し付けるようにして、燐はようやく口を開いた。

「考え事してる顔が……カッコいいなって、ただ、それだけ」

蚊の鳴くような声で呟いた後、タルトをとってくるなどと言って燐は脱兎の如く厨房に引きこもってしまった。
一方のメフィストといえば、カップを持ち上げることもできず、ただゆらゆら揺れる紅茶の水面に映る自分の呆けた顔を見つめたまま固まっていた。

「……これは、夢でしょうか」

小説でも書いたことのないようなあまりにも甘酸っぱくて幸せな体験に、メフィストは自分の頬を引っ張ってみる。
当たり前だが容赦なく引っ張った頬は痛くて、先ほどの燐の言動が夢でないことを示している。
メフィストはカップを手に持つと香りや味を優雅に楽しむことも忘れ、爽やかなダージリンを一気に飲み干した。

「小説の構想なんて練ってる場合ではありませんっ……!」

空のカップをソーサーに置き、一人決心したメフィストは愛用の万年筆を取り出してテーブルの上にあった紙ナプキンにすらすらとペン先を走らせた。
媚びない花の蕾が綻んだような香りを胸いっぱいに吸い込み、綴るのは短くも熱い愛の告白。



『愛しています、燐』




紅茶も愛の妙薬だと知った、ある日の午後三時。
小説家は少年に愛を語る。
















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