肉じゃが(メフィ燐)
「そんなモンばっか食ってるとメタボになるぞ」
「じゃあ健康的な食事を作ってください☆」
「は?」

それは今から30分ほど前の会話。
ジャンクフード好きなピエロ野郎ことメフィストが犬の姿で某ファストフード有名店の袋に頭を突っ込んでるのを見て思わず呟いてしまったのだが、失言だった。
雪男が出張中ということもあり、犬から人型から戻ったメフィストは問答無用でオレを自分の屋敷に引っ張っていった。

「格差社会……」

経済とか社会の構造とか難しい問題はわからないが、なんとなく痛感。
だだっ広い部屋に高そうな壺やら絵やらソファにシャンデリア。
通された台所はどこの店の厨房ですかと言わんばかりの広さと設備。

「冷蔵庫の中もご自由にドウゾ☆」

そう言われて大人がまるっと四人は入れそうな巨大冷蔵庫を開けば新鮮な食材がぎっしり詰まっていて、ギギギと軋む音をたてながら後ろを振り返るオレの顔はきっと歪に固まっていた。

「おまえ、何人暮らし?」
「一人ですが」
「じゃあ使用人とかは……?一緒に暮らしてんのか?」
「使用人はいますが一緒には暮らしてません。皆私の使い魔ですから好きな時に呼び出せます」
「じゃあもしかして大食い?」
「いえ、摂取量は平均的な成人男性と一緒かと」

頭も痛ければ心も痛い。
こんな格差社会の頂点にいるような奴に食事を作ってやるのは非常に癪なのだが、きっと今使ってやらねばこの食材たちは腐って捨てられてしまう。
そんな罰当たりなことを見過ごすわけにもいかないので、ため息を一つついて心を決める。

「……食いたいモンは?」
「え?」
「だから食いたい料理は何かって聞いてんの。こんだけ材料あんだからたいていのものは作れんだろ。あ、でも小難しい舌噛みそうな名前の料理とかは無理」

なぜだか信じられないものを見るかのような目つきでこちらを見るメフィストにリクエストを尋ねればしばしの沈黙のあと、予想外の答えが返ってきた。

「……肉じゃが」
「肉じゃが?そんなんでいいのか?」
「はい」

てっきりフランス料理的なものを要求されるのかと思っていたので、正直驚いた。聞けば今まで一度も食べたことないらしい。まあ日本人じゃないし、生まれてこの方ずっと金持ちなら日本に住んでいてもそういうこともあるのかもしれない。
一人納得したオレは短く了解を告げて手を洗い始めた。
制服のブレザーを脱ぎ、シャツの袖を捲って料理に取り掛かろうとしたところに台所もとい厨房を出たと思っていたメフィストが「奥村君、」と何かを投げて寄越してきた。

「エプロン、だよな?」
「ええ、正真正銘エプロンですとも」

満面の笑みで自信満々にそう告げたメフィストは煙のように消えてしまい、オレはエプロン片手にしばし立ち尽くす。
いや、まあエプロンは助かる。制服を汚したくないし、衛生的な面でもあったほうが良いに決まってる。

「でもこのデザインはどうなんだ……」

上質な白い生地で仕立てられたエプロンは可憐なフリルに縁どられ、胸当ての部分はハート型という大変夢見がちなデザインで男子高校生が着るにはかなりのハードルだ。
しかし制服を汚してしまった場合、少ないお小遣いがクリーニング代に消えてしまう可能性がある。
背に腹は代えられない。
二度目の決心をしたオレはメフィストがくれたエプロンを身につけ、余計なことは考えないように料理に取り掛かった。

米をといで炊飯ジャーにセットし、頭の中でリクエストの肉じゃがをメインとした献立を考える。

「肉じゃがに、サラダに、ごはんと味噌汁……あともう一品くらい。豆腐使ってどうにかするか」

まず肝心の肉じゃが。
普段なら市販のめんつゆなどを使って手間を省くのだが、生憎とこの家には一般家庭が使っているめんつゆや顆粒だしといったものがない。
その代わりかやたら質の高い鰹節や昆布があるので、まずはダシをとることから始めた。同時並行でジャガイモの皮をむき、四等分にしたものをしばし水にさらす。
それから鍋を熱して櫛切りの玉ねぎと水気をきったじゃがいもを軽く油で炒める。なじんできたら先ほどとったダシと醤油と砂糖、みりんを入れて混ぜる。
ふわりと甘辛い匂いが鼻をくすぐると、なんだか楽しくなってくる。
煮立ってきたところで豚のばら肉(といっても普段食べている安いばら肉とは明らかに色艶の違うキングオブばら肉的なもの)を投入。
煮込んでる間、他の物に取り掛かることにする。
絹ごし豆腐1/4丁をだし昆布をいれて煮立たせた鍋の中で軽く火を通し、皿に盛る。その上にとろろ昆布を盛って、上からだし汁を回しかけるととろろ豆腐の完成。
味噌汁は残りのダシ汁を使い、可愛い手鞠の麩と三つ葉を浮かせた。
サラダはレタスとトマト、それに肉じゃがのあまりの玉ねぎを水にさらしたものを使ったシンプルなもの。ここでまた一般家庭にあるドレッシングがなかった為、オリーブオイルとレモン汁と塩コショウに酢で簡易ドレッシングを作ることになった。
そして肉じゃがの方も香りが強くなってきたので鍋を揺らし、汁けを飛ばして仕上げにかかる。

「ふーっ、完成、と」

いつも使っているものがない不便さは途中から手間をかける面白さへと変わり、なかなかに充実した時間だった。
恥ずかしいエプロンをつけ、何故かメフィストの食事を作ることになったという不本意な状況も忘れて器に綺麗に盛られた一品一品を満足げに腕を組んで眺める。
ジャーからお櫃へと移したご飯もちょうどいい具合になったころ、腰に手を当てて声を張り上げた。

「メフィストー、夕飯できたぞー!」
「はーい♪」

いい年した大人が子供のように嬉しそうな返事をしたのがおかしくて、オレはつい笑ってしまった。


メフィストのために料理を作るのも悪くない。






























おまけ。

「奥村君、いや燐君」
「な、なんだよ、急に」
「私のために毎日味噌汁を作ってください」
「(味噌汁が気に入ったのか?)……別に、いいけど」
「ありがとうございます!では早速父上に報告せねばなりますまい」
「え……?」






prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -