2´.

「スミマセン、うち新聞は間に合ってます〜☆」
「新聞屋が正門から来るはずがなかろう」
「じゃあ裏口へ」
「……殺されたいようだな、フェレス」
「そちらこそ」

虚無界でも指折りの実力者として名高いメフィストフェレスとアスタロトの仲の悪さは悪魔の中では広く知られていた。
元々悪魔の中には原則友情やら愛情といった感情はなく、仲が良い悪いは利害関係に左右される。
ただこの二人に限って言えば利害関係以上に性格の不一致が不仲の根底にあった。
片やサタンに心酔した仕事の鬼。片や物質界に傾倒した放蕩息子。
正反対な性格ゆえ気が合うはずもなく、今までは基本的には顔も合わせなかった二人の事情が変わったのはつい最近のこと。

「物質界から連れてきた末の弟が青い焔を持っているという話が事実なのか、私には確かめる責務がある」
「おや、父上の話が信用できないと?あれほど父上に首ったけのアナタが」

にやにやと笑いながら揚げ足をとるメフィストにアスタロトは眉根を少し寄せてからフンと鼻を鳴らし、視線を逸らすとメフィストの横を擦り抜けるように歩を進める。

「主上の言葉は絶対だ。問題なのはその末の弟が私の目にどう映るのかということ」

すれ違った瞬間、メフィストの背後でありアスタロトの背後でもある空間に大人一人分の大きな『穴』が現れる。『穴』の奥、底の見えない暗闇からは無数の銀の剣や槍や斧といった武器がアスタロトに向かって飛び出してきたが全てアスタロトに届く前にボロボロに腐り、崩れ落ちてゆく。
腐り落ちた武器が床に落ちるそれより前に今度はアスタロトの足元にぽっかり大きな『穴』が開く。先ほどの『穴』と異なるのは色が黒ではなく赤だということと、なにやら生暖かい空気と生臭い匂いがたちこめているということ。それもそのはず、その大きな『穴』は巨大な悪魔の口そのもの。
床に擬態した悪魔は長い鼻と長い舌が伸ばしてアスタロトを捕えようとするが、当のアスタロトは顔色一つ変えず下も向かない。そして前を見据えたまま革靴の爪先でトンと宙を叩いた瞬間、アスタロトの周囲の空間は徐々に『加速』を始める。大口を開けていた悪魔の太く長い鼻は枯れ木のように痩せ細ってひしゃげ、唾液でヌラヌラと妖しく濡れていた長い舌は乾涸びた土のようにカラカラになって罅割れる。悪魔の飢えてぎらついていた黄色い目からも光が失せ、窪んだ眼窩だけが後に残った。
最終的に化石のように朽ちた悪魔の残骸の上に足をおろしたアスタロトは呆れたように肩を竦め、わざとらしく溜息を一つついた。

「随分と可愛らしいべヒモスだったな」
「父上の可愛くないペットと一緒にしないでください」
「そうだな。主上の作られたものと比べてはいくらお前といえども可哀相だからな」

再び二人の間に緊張が走り始めた時、奥の間からこの場にそぐわぬ子供の明るい声が響いてきた。

「アマにぃずりー!」
「狡くなどありません。コレは兄上秘蔵のスナック菓子ですから、食べたら怒られますよ」
「ならなんでアマにぃは食べてんだよ?」
「ボクは兄上に怒られても平気なので。燐は兄上に叱られたらぴーぴー泣くでしょう?泣き虫さんですから」

物質界の菓子の袋を片手にぴょんぴょん飛び回るように逃げているのはこの城の主、地の王アマイモン。そしてそのアマイモンをむくれ顔で追いかけている幼い子供がいた。見た目は全く普通の人間の子供にしか見えない少年−燐の姿を視界に捉えるとアスタロトの目が無意識に細められた。メフィストはそれが気に食わないのか、チッとわざと聞こえるように舌打ちする。

「オレは泣き虫じゃねー!!!!」

アスタロトとメフィストの存在に気づいていない燐が感情を昂ぶらせた瞬間、燐の周囲の空気が変わる。

「!?」

青い、吸い込まれそうなほど深く、全てを突き抜けるような青い焔。
ただ高温で青くなっている炎とは違う。
その青は気高く不可侵、その焔は絶対にして聖水すら意味を成さない力の象徴。

「……あの子供がそうなのですね、主上」

僅かに歓喜で震えた声を洩らすアスタロトにメフィストは苦虫を噛み潰したような顔をする。そしてこれ以上不愉快なことが起こる前にと大切な弟を手元に置こうとしたが、アスタロトの方が一瞬早かった。

「え?」

青い焔を纏った燐は突如眼前に現れた見知らぬ男の姿にきょとんと青い眼を瞬かせる。感情が昂ぶっているとはいえ理性はちゃんと残っているらしい。感情に合わせて青い焔がゆらりと揺らめく。

「お初にお目にかかります、若君」

恭しく頭を下げて一礼したアスタロトはメフィストと話していたときとはまるで違う甘さを含んだ声音で話しかけ、状況が呑み込めない燐にくすりと笑みをこぼす。片膝を床につき、焔で手を焦がすことも厭わず燐の小さな手を取る。

「私は腐の王アスタロト。貴方の兄にして楯にも矛にもなる僕でございます」

自己紹介を言い終わるや否や、アスタロトの唇が燐の手の甲に近づく。しかしその薄い唇が柔肌に触れることは叶わなかった。

「潰しますよ」
「忠告は行動の前にするものだよ、アマイモン」

投げられた数トンはあろうかという巨石を片手で風化させながらアスタロテはメフィストの腕の中へと移動した燐を見つめる。メフィストもアマイモンもその目が父であるサタンを見るときの目と同じであることに気づいていた。

「若君、次にお会いするときは無粋な輩のいない場所をご用意致します」
「「させません」」

アスタロトが燐に別れの言葉を紡ぐより早くメフィストの増幅魔法をかけられたアマイモンの爪が喉笛に迫る。しかし爪先が首の皮膚を掠めるぎりぎりのところで回避したアスタロトは足元から喚び出した竜に飛び乗る。この竜はアスタロトがいつも好んで騎乗しているもので、増幅魔法をかけられたアマイモンでも容易に潰せない。
そしてアスタロトは竜に跨ったまま燐に深く頭を下げ、メフィストとアマイモンが苛々するような笑みを浮かべて地の王の城から飛び去って行った。

「か、かっこいー……!」
「「!!?」」

この時頬を紅潮させて呟いた燐の一言がメフィスト(及びアマイモン)とアスタロトの仲の悪さを決定的にしたのは言うまでもない。









※ちなみに燐がかっこいいと言ったのはアスタロトの乗ってる竜のことです(笑)。
※今回でてきたベヒモスたんはかばとぞうさんに似たメフィ作の悪魔です。父上が作ったというベヒモスたんは街も簡単に飲み込む巨大生物。
※アスタロトさんの能力勝手に捏造。メフィが空間操作が得意ならアスは時間操作が得意とかそんなどちらも勝手な妄想。


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