おにぎり

最初に作った料理はただのおにぎりだった。
しかも具なし。材料はごはんと少しの塩と、最後に巻いた海苔だけ。
そんなシンプルすぎる、料理とは呼べないような代物をジジィはうまい、うまいと笑顔で頬張ってくれた。

オレが小学校の1年か2年のときだったと思う。

周囲とうまく馴染めない、弟のように頭が良いわけでもないオレの取柄は「暴力」でしかないと幼いながらに薄々気づき始め、あやふやな絶望の影に怯えていたあの頃。

たまたまつまみ食いをしようと忍び込んだ台所にあまりもののご飯があって、それだけじゃ味気ないと近くにあった塩を手に付け握ってみたのだ。
初めてだがなかなか良い三角に握れたそれを白い皿の上に乗せるとなんだか物足りなくて、流しの下や冷蔵庫、棚をごそごそ探して見つけた海苔をドキドキしながら巻いて……そして、オレの初めてのおにぎりが完成した。
それは初めての達成感だった。
しかしそれがオレの口の中に入ることは無かった。

『お、いただき!』
『あっ、ジジィ!それオレのおにぎりだぞ!!』
『おー、美味い美味い』
『人の話をきけー!』

背後からひょいっと伸びてきた長い腕が皿を取り上げ、オレの作ったおにぎりはあっという間にジジィの腹に消えてしまったのだ。
オレは悔しさのあまりギリギリと歯ぎしりをしながら睨み付けた。
しかし、オレの怒りはジジィが口の端に米粒をつけたまま二カッと笑って言ってくれた言葉でどこかへ行ってしまった。

『ごちそうさま、燐。ありがとう。美味かった』

ごちそうさま。
燐。
ありがとう。
美味かった。

たった四つの単語で作られたシンプルな言葉が、とても心にしみた。
不出来な自分でもジジィを喜ばせることができたと、思わず目が熱くなるほど嬉しかった。

『つ、次はもっとうまいもん作るからな!でも、ぜってージジィにはやんねー!』

照れ隠しでそんな捨て台詞を残したものの、オレはそれからずっとジジィの笑顔と言葉を期待して料理をすることになる。

しかし。

「……死んだらもう、オレの飯食えねぇじゃん」

もう見れない笑顔。もう聞こえない言葉。
それでもオレは今日も料理をする。

『ごちそうさま、燐。ありがとう。美味かった』

……今日も、ジジィの残像を求めて、台所に立つのだ。




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