0´.


父や兄と違い、自分は物質界にさして興味がなかった。
だって人間はすごく弱い生き物で、すぐに壊れてしまう。遊び相手は以ての外、ペットはおろか玩具にもならない。

「家畜で遊ぶなんて大概悪趣味だと思いますけど」
「……アマイモン、」
「すみません、口が滑りました」
「謝罪になっていない」

暇つぶしにと兄の遊び場へと顔を出したはいいがどうやら自分は兄の機嫌を損なわせる天才らしい。
不機嫌そうに鼻を鳴らし、兄は手袋をはめた指を鳴らしてお気に入りのピンクのリムジンを召喚した。使い魔が開いたドアから黙って乗り込む兄をこちらも黙ってみていたが、行先は気になったのでダメ元で聞いてみることにした。

「どちらへ?」
「『友人』の元だ」

兄は短くそう答えるとにやりと意味深な笑みを浮かべて運転手に車を走らせ行ってしまった。
『友人』。
本来悪魔に友人なんて概念を持っている者は少ない。そんな酔狂な悪魔は自分が知る限り兄と人間の目玉収集に凝っている従兄弟くらいである。
しかし、友人というものがつまるところ遊び相手であるなら自分も欲しいと思う。
虚無界でも自分の相手ができるのは父や兄弟くらいだが、はっきり言って遊び相手には望ましくない。父は虚無界では神にも等しい存在だし、自分の兄弟たちと言ったらその性格の悪さは折り紙つきだ。

「……ボクにも友人なんてものができるでしょうか」

多くの眷属を従え跪かせてきたけれど、常に自分は独りだった。
虚無界にある自分の城は広くて暗くて冷たくて。
有り余った力を発散させるたびに壊して、壊して、壊して、どうしようもない空しさを感じる毎日が退屈で。そんな退屈を壊してくれる存在ができたら、どんなに楽しいことだろう。
そんなことを考えながら人間の街を飛び回っていたら青かった空は赤く染まっていた。
物質界の青空とやらはなんとなく頭痛を催すから気に入らないが、この夕暮れ時の茜空はそれなりに気に入っている。
しかしあてもない散歩も飽きてきて、そろそろ帰ろうとしたその時。不意に悪魔の匂いが鼻についた。
しかも低俗な下級悪魔ではなく、限りなく自分に近い、そう、父の血を感じさせる特別な匂い。

(兄上……?違う、兄上は匂いを隠してるし、それに兄上より甘くてイイ匂い……)

口の中に唾液がたまるほどの食欲をそそる匂いを追って再び茜空を飛ぶ。
影絵のような人間の街の外れ、公園とかいう人間の子供が遊ぶ場所に匂いの元は居た。
いや、落っこちていた。

(人間の子供……でも匂いは確かにこの子供からしている)

何故この子供が落っこちているのか。
何故悪魔の匂いがするのか。
この子供はいったい何なのか。
普段は湧き上がることのない疑問や興味がむくむくと首をもたげ、気が付いたらその子供を腕の中に抱き留めていた。
酷く軽い。なんとも華奢で、力を入れなくても壊れてしまいそうだ。
試しにちょっと力を入れてみた。
骨が折れるだろうか、肉がさけるだろうか、痛みに泣き叫ぶだろうか。
しかしそんな予想を裏切って子供は無傷だった。

「?」

痛みに顔をゆがめるどころか、白い頬を薔薇色に染め、青い宝石のような眩い瞳をキラキラ輝かせてこちらを見つめている。
なんなのだろう、この子供は。
こんなモノは初めてだ。
ドクリと自分の中の悪魔の心臓が脈打って、目が子供から離せない。

「にいちゃん、ダレ?」

子供が鈴を転がしたような声で問う。
まるで物怖じしたところのない、自分と同様興味や好奇心、感情の塊だ。
その様子からやはりこの子は悪魔だと確信する。

「ボクはアマイモン。悪魔の王様です」

綺麗な子供、悪魔の子供、壊れない子供、面白い子供。
ボクはこの子供がどうしても欲しくなってしまった。

「悪魔の世界のことを教える前に君の名前が知りたいです」
「りんっ!奥村、燐!」
「燐、」

口の中で子供の名前を反芻する。
それがボクにできた初めてのトモダチの名前で。
この子が自分の末の弟だと知ったのはそれから大分後のことだった。








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