冷たい茶碗蒸し(メフィ燐)
※過去拍手お礼文です



人は誰しも思い込みや先入観といったものを持って生きている。
そしてそれはサタンの落胤であり純粋な人間ではない奥村燐も持っているものだった。
たとえば夏は暑くて冬は寒いとか、唐辛子は辛い物とかその程度のレベルではあったが。
そういった燐の中にある先入観の一つに『茶わん蒸しは温かいもの』というものがある。
しかし……。

「なんだ、これ?」

ある日学校から帰ってきた燐を待っていたのは、その先入観を覆す代物だった。







夕飯の支度をしようと寮の厨房にある冷蔵庫を開いた中に鎮座していた二つの器。
可愛らしい金魚の絵付けがされた陶器の碗など燐はこの厨房で見たことがなかった。
雪男が買ってきたものかとも思ったが、雪男は昨日から出張中で帰ってくるのは早くても明後日と聞いている。
首を捻りながら二つの蓋付き碗を取り出すと不意に背後の扉が開いた。

「おかえりなさい、奥村君☆」
「め、メフィスト!?またそんな格好してどうしたんだよ」

振り向いた燐の目の前にはいつぞやの割烹着に身を包んだメフィストが立っていた。
手には近くのスーパーの買い物袋が下げられていて、燐は怪訝な顔でメフィストの顔と割烹着とスーパーの袋のそれぞれに何度も視線を行き来させる。
地獄の大鍋で煮込んだかのようなオートミールを振舞われた記憶は新しく、燐の警戒は当然ともいえる。
しかしメフィストはそんな燐の反応もどこ吹く風、ウインク一つしてスーパーの袋から魚の切り身が入ったパックを取り出して見せた。

「ご安心を。今回は庶民の口にあう材料を調達してきましたから☆」
「悪かったな、庶民で!……まぁ、でも今回は前回みたいなことはなさそうだな」

とりあえず安全な材料が揃っていることが分かったため、燐はほっと安堵の息を吐いて冷蔵庫から取り出した器を元の場所へ戻してから食堂のテーブルについた。
頬杖をつきながらカウンター越しの厨房をのぞけばメフィストの後ろ姿が見える。
後ろからでも野菜を切ったりする手際が良いことはなんとなく分かる。動きにも無駄はない。魔法などを使っている風もなく火を起こし、魚を焼く姿など幻かと思うほど手馴れている。

「……もしかしなくても、お前ほんとは料理上手い?」
「失礼ですね、本当も何も前回はただ材料が君たちの口に合わなかっただけの話です」

その言葉に嘘偽りがないことはしばらくしてテーブルに広げられた料理が証明してくれた。
鰆の西京焼きにアスパラと湯葉の和え物、キャベツと油揚げの味噌汁と見栄えも匂いも素晴らしい料理に燐は自然と湧き出てくる唾をゴクリと飲み込む。

「く、悔しいがマジでうまそー……って、あれ?」

テーブルの上には先ほど冷蔵庫にあった二つの器。
どうやらそれもメフィストの作った料理らしく、興味津々で蓋を取った燐の心はその鮮やかさに不覚にもときめいてしまった。
蓋をとった瞬間、目に飛び込んできたのは宝石のように光るイクラ。そして爽やかな香りを放つ刻んだレモンの皮、それに可愛らしく丸まった茹でエビと木の芽。色鮮やかなそれらの土台は優しい黄色で、表面にとろみのついた透明のだし汁がうっすら浮いている。

「これ、茶わん蒸しか?でもなんで冷蔵庫に……」
「冷製茶わん蒸しですよ。最近蒸し暑くなってきましたからね、料理にも爽やかさが欲しいでしょう?」
「冷たい、茶わん蒸し……」

茶わん蒸しは温かいもの。
ずっとそう思って生きてきた燐にとって茶わん蒸しを冷蔵庫で冷やす発想はあり得なかった。
先入観を覆す怖さもあるがその鮮やかな見た目の魅力に抗えず、逸る心を抑えて手を合わせる。

「い、いただきます」

ドキドキしながらこぶりなスプーンで一匙掬って口に運ぶ。

「!」

よく冷えているおかげでだしの味に透明感が出てすっきりとした味わいが燐の口の中いっぱいに広がる。そしてほんのり甘い卵にイクラの塩辛さとエビの旨味、レモンの清涼感がうまい具合に絡み合って今まで味わったことのない爽やかな美味さに燐は素直に感動した。

「すっげー、なんだコレ。超美味い……!」

燐の反応を見守っていたメフィストは腕を組んで満足そうにうんうんと頷く。

「そうでしょうとも!何せ私の自信作ですから」
「つーか、なんで今日はいきなり夕飯を作ってくれたりしたんだ?忙しいんじゃねーの?」

茶わん蒸し以外の料理にも手を伸ばし、はずれなしの品々に舌鼓を打ちながら聞き忘れていた疑問を口にした燐にメフィストは意味深な笑みを浮かべて割烹着を脱ぐ。

「確かに忙しい身ではありますけど、仕事より優先したいこともあるんですよ。たとえば恋愛とか」
「オレの夕食作りと恋愛にいったいどんな関係があんだよ」

眉間に皺を寄せ、スプーンを咥えている燐にずいっとメフィストの顔が近づく。
その距離の近さに燐の表情も固まる。

「好きな人に振り向いてもらうにはまず胃袋を掴めって言うでしょう?」

そう言うや否やメフィストは燐が咥えているスプーンの柄を咥え、舌を使って巧みにスプーンを動かし匙の部分で燐の口腔内をなぞる。
ぞわりと全身を走る妖しい感覚に狼狽した燐がスプーンを口から落とした瞬間。
メフィストの料理はそこからが本番だった。






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