遙は午後の学校を早引きした。
名前もサボりに誘われたのだが断った。 遙の目が「色々と聞き出してやる」と言っているように見えたからだ。
「怜くん、今日部活?」
「いえ、今日はありません」
「そっか、じゃあ……。 今日のお勤め、ごくろうさまでしたっ」
「はははっ! ええ、ご苦労様でした」
「えへへ……」
名前と怜は軽い冗談を交わし合う。
午後の授業も終わり、みな思い思いの行動をしていた。 部活へ赴くものや授業の復習をするもの、帰宅の支度をしているもの。 そして廃墟に侵入した生徒たちはしぶしぶ職員室へ。
名前は叱られにいった生徒を待つので、隣で帰宅の支度をしている怜となんてことのない会話をしている。
「名前は帰らないんですか?」
「うん、幼馴染みを待ってなきゃ」
「ああ、呼び出されてましたね、そういえば」
「今頃ひどく叱られてるよ……」
思えば遙は、それから逃れるために早引きしたのかも知れないと名前は考え付いた。
荷物をしまい終えた怜は、いつものように陸上のハウツー本を手にする。
「……すみません、電車の時間があるのでお先に失礼しますね」
「あ……うん! また明日ね!」
「はい、また明日」
今だ同じクラスに友人のいない名前は、実質一人にされてしまった。
──もうちょっとだけ一緒にいてくれないかな……。 名前が怜の背中を切な気に見つめていると、怜が少しだけ振り向いて名前を一瞥した。
しょぼくれた顔をしていた名前はパッと表情を明るくして嬉しそうに手を振ってくる。 そんな名前になにか、既視感のようなものを覚えながら、怜は名前に軽く笑んで返して教室を出た。
「(あれは……犬だった)」
駅にて名前の表情の変わり様を思い出した怜は、にやけた口をこっそりと隠す。
・・・
「名前ちゃーん! お待たせ!」
「わあ、意外と早かったねえ」
怜が帰ってから10分も経っていないだろう。 思っていたよりも早く説教が終わったことに名前はホッとした。 叱られて来たばかりと言うのに渚は相変わらずの明るさだ。 そんな渚を見て苦笑する真琴が、名前に話し掛ける。
「あのさ名前、凛がオーストラリアから帰ってきただろ? もしかしたらここに転校してきてるかもしれないんだ」
「えっ?」
そんな筈はない、と名前は口を挟む。 名前は確かに凛本人から「鮫柄学園に行った」と聞いたのだ、岩鳶に転校してきているわけがないとハッキリ言える。
「今から下駄箱確認しにいくんだよね、マコちゃん」
「うん。 名前も一緒に探してくれない?」
「あのでも、凛は鮫柄に…………。あっ!」
「……やっぱりか」
真琴が名前に疑惑の眼差しを送る。
真琴の“引っ掛け”に見事はまってしまった名前は、滑ってしまった口を両手で抑えた。
なぜバレてしまったのか。 それは名前の詰めが甘かったに過ぎないだろう。 真琴は始業式以前、凛がオーストラリアから帰ってきたその日から、薄々と気が付いていたのだった。
いまいち状況をわかっていないような渚を横目に、名前は真琴の顔色を伺う。
「……名前さ、凛と会ってたでしょ」
「あ、あ、会ってないよ!」
「え? なになに、どういうこと?」
名前の背中を冷たいなにかが走る。
考えてみれば凛に会ったことを咎められる“いわれ”はないのだが、真琴が嫉妬を含んで名前をじとりと見ているので名前は必死にごまかそうとしている。
普段温厚なだけに、真琴の真剣な目と言うものは何か、くるものがあった。
「遙が、名前が男物のジャージを持って帰ってきたって溢してたから……もしかしたらと思ったんだ」
「あ、あれは……遙のを借りて……」
「行くときは持ってなかったのに?」
「う、うう……」
「ねー! 僕にも説明してよー!」
一人、話しに取り残されている渚はぷくりと頬を膨らませた。
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