──昨夜、結局名前よりも早く帰ってきた遙は、帰りの遅い妹を玄関で待っていた。
全く笑えないほどのシスターコンプレックスだが、ほんの少し過去の遙ならそもそも名前を一人で出掛けさせはしなかっただろう。

遙が帰宅してから一時間と少し。
帰ってきた名前は何故か見覚えのある、男物のジャージを手に持っており、しかもそれを遙に隠そうとしたのだ。

当然疑問に思い問い詰めた遙。
しかし名前は聞いてもはぐらかすだけで言わないし、ジャージの話を切り出すと明らかに挙動不審になるし……。

そんなことがあったため遙から逃げるように朝早く学校を出た名前は、家に帰ってから秘密裏に計画した″竜ヶ崎くんとお友達になろう計画″の第一段階としてまず、挨拶からはじめていた。


「おっ! おはようございましゅ!」

「……おはようございます、七瀬さん」

「う、うん(……恥ずかしいっ……!)」


……が、果たしてこれは成功のうちに数えてもいいのだろうか。
いや、人見知りの名前にしては頑張った方であろう。


「……あの、七瀬さん? 大丈夫ですか?」

「う、うん! 平気です! 大丈夫、大丈夫……あはは……」

「はは……」


会話を繋ぐことが出来ず、いそいそと教科書を出しはじめる名前。
その隣では竜ヶ崎がすでに授業を受ける準備を万端にし、読書に勤しんでいるようだった。

チラと盗み見たその本には見覚えがある。
記憶を辿っていくと、それは竜ヶ崎が昨日名前と会った際にも読んでいたものだった。


「……あ、それ……昨日も読んでたよね?」

「ああ、これは……」

「竜ヶ崎くん、陸上してるの?」

「ええ、陸上部に入りました」

「へえ! そうなんだ! 走るの好きなんだね?」

「走るの、というよりかは……棒高跳びの美しさに惹かれてですね。理論と計算によって完璧なフォームを導き出すことができる……。バーの高さと助走速度、それから踏み切りによる加速からフォールの長さから入斜角度の的確な入りを計算し、それにかかる重力と助走速度の加速を踏まえるんです」

「……竜ヶ崎くん?」


竜ヶ崎の目の色が変わっている。
戸惑う名前を目の前にしながらその姿は入っていないようだ。
どうしよう、とおたつく名前に構わず竜ヶ崎はその口の動きを病めることはない。
今はちょうど美しいスポーツと棒高跳びの良い所について語り始めた所だ。

どこかで止めないと、延々と語り続けるだろう。
それになんだか…………。


「……あの、竜ヶ崎くん!」

「だから僕は……え?」

「ち……近いです……」


熱く語る竜ヶ崎は、その熱意のあまりぐいぐいと名前に詰め寄って、竜ヶ崎も気付かぬうちに、徐々に名前との距離を縮めていた。
冷静なのに鼻息荒く、竜ヶ崎のその勢いとあまりの熱の入りように名前は少しだけ引いている。


「す、すみませんっ!」

「……で、でもすごいね! それだけ好きだってことだもんね!」

「…………」

「え……えへへ……?」


恥ずかしそうに目を反らした竜ヶ崎にすかさずフォローを入れると、頬を赤くしたまま名前を窺った。
それで気を取り直した竜ヶ崎は改めて名前と向き合う。


「……も、もし良かったら……、部活を見学しませんか?」

「え、いいの? ああ……でも、私走るのはちょっと苦手で……ホントに見るだけになっちゃうけど」

「それでも構いません。 実際に見ていただければきっと陸上の美しさをわかってもらえる筈ですから」

「んん……? じゃあ……見に行ってみようかな?」


陸上の美しさの話はまだ続いていたようだったが、名前はそれ以上突っ込むことはしないで見学に行くことを約束する。
ちょうど、どんな部活があるのか知りたかったので陸上も一つの視野にいれてみるのもいいだろう。
運動が得意なわけではないのだが、体力作りと思えば。

水泳部があれば間違いなくマネージャーを志願するのだが、あいにくと岩鳶に水泳部はなかった。


「マネージャーには興味ないんですか?」

「ええと、やったことはあるよ」

「じゃあ、気が向いたらマネージャーとかどうですか? ちょうど募集していましたし」

「陸上部のマネージャーかあ……」

「無理にとはいいませんが」

「ううん! 部活探してたところだから、それも候補にいれておくよ、ありがとう!」


名前は竜ヶ崎と問題なく会話が出来ていることに感動した。
挨拶こそ噛んでしまったが、予想以上にいい感じだ。

今こそ言う時ではないのだろうか……あれを!


「あのね竜ヶ崎くん!」
「あの、七瀬さん!」

「……お先にどうぞ!」
「……七瀬さんからどうぞ!」


ことごとく、見事に言葉が重なる。
お互いに顔を見合せて小さく笑った。


「ふふっ! ごめんね、私から先に言ってもいい?」

「はい、なんですか?」

「あ、あのね……私と、お友だちになってください!」


竜ヶ崎は面食らったような顔をする。


「……僕も、そう言おうと」

「そ、そうなの? 私たち気が合うんだねえ!」

「そう……みたいですね」


高校生になって初めての友達が出来た名前は、その後の授業でも絶好調なのであった。






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