怜や渚が利用している駅とは違い、閑静で小さな廃駅。 凛と名前にとっての“駅”は、ここのことを指す。
駅に設備されているベンチに腰かけ、かれこれ名前は15分ほど凛を待っていた。 といっても凛が遅れているわけではなく、ただ怜との一件で機嫌の良くなった名前の足取りが軽すぎた、というだけの話だ。
それに、なんだかこの待っている時間は恋人と待ち合わせをしているようで──しつこいようだが名前と凛はお互いに片想いである──、名前は照れ臭いやら、嬉しいやらだった。
「すっかり暗くなったなあ」
電灯の灯りに虫が集まり、黒い海の立てる音が名前の耳を擽る。
約束の時間まではあと30分もあった。
暖かくなってきたとは言え、まだまだ夜は肌寒い。 流石に早く来すぎたか、と後悔しつつ冷ややかな潮風にあたる体をさすり、凛を待った。
・・・
凛は名前に会う前に、取り壊しが決定したスイミングクラブへ足を運んでいた。 妹の江が、凛に知らせたのだ。
遙たち三人も時同じくして廃墟に来ており、思い思いに懐かしんでいる。 脱衣場、シャワールームと見て回り、そして次に休憩室へ入ると渚がなにかを見つけたようで、声をあげた。
「見て見て!」
これ! と渚が指差したのは、遙達がはじめてリレーで優勝したときを写した写真だった。
遙はその写真を見て、当時を思い出す。
あの頃はまだ、凛とも気まずくはなかった。 いつのまにか、仲良さげに話していた名前と凛の二人を見ては沸き上がる複雑な思いにやきもきしていた遙だったが、それでも確かに、凛を大切な友人であると思っていた。
しかし、遙はあの日に“勝ってしまった” 。
タイムカプセルを埋めて自慢気に笑った凛は、もう遙と笑い合うことはないのだろうか。
名前にもあの日の勝負のことは言っていない。 凛を好いていた、きっと今も好いているだろう名前に全てを話したら、悲しむのか、それとも、勝ってしまった遙を詰るのか。
出来ることならば、名前には凛のことを諦めてほしいと考えていた。 兄の自分が凛に複雑な思いを抱いたままであれば、いつか必ず名前は傷ついてしまう。どうかその前に……。
思考の海に沈みかけた遙は、真琴の声に引っ張りあげられる。
「ハル、行くよー?」
「……ああ」 休憩室を出た三人は、話しながら廊下を進む。
「名前ちゃんも来たらよかったのにねー」
「だから……女の子が夜に廃墟なんて危ないってば」
「それにしても用事ってなんだろう? あっ! もしかして彼氏とか!」
「ええっ!?」
「ない、それはない」
「ええ? わかんないよ? だって名前ちゃん……なんてったって、可愛いし!!」
「まだアイツに彼氏は早い」
「え、そ……そうなの?」
「……真琴」
「な、なんだよハル……別に、やましい気持ちなんて……!」
「どうだかな……」
「そんな睨むなよ!」
「目印、ちゃんと残ってるかなー?」
自分で吹っ掛けておいてすでにタイムカプセルの話題に移るあたり、渚が渚である所以が見てとれる。 遙も真琴もそんな渚をじとりと見たが、ふと真琴が目線を横にずらすと、人影が見えた。
「……よお」
それは名前の待ち人、凛その人であった。
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