「おはよう!」
「ひっ! お、おはようございますっ」
学校全体で行われている挨拶運動というやつだ。 すれ違う教師たちが、生徒に元気な挨拶をしている。
もちろん名前にもその元気な挨拶は飛んできて、盛大に飛び跳ねながら返す。 そそくさとその場を去る名前を不思議そうに見たが、特に気にすることなく別の生徒へ挨拶をした。
・・・
「……はあ」
楽しみだった高校生活。 しかし名前は春休みボケをしていたのか、かなりの人見知りであったことを忘れていた。 遙や真琴といった昔からの付き合いの者には素のままが出せるのだが、どうにもこれは何年経っても直ってはくれないらしい。 親しかった中学の友人もみんなして岩鳶以外の高校へ行ってしまったし、名前は一気に心細くなる。
朝のホームルームでも人見知りは発揮された。 ただ出席を取られただけなのに、新しい環境にいっぱいいっぱいで返事の声が裏返ってしまったのだ。
周りが気にしていた様子はなかったが、名前は一人、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。
そのあとは、何事もなく授業を受け……──
「あっ」
かなりの小声だったが名前の耳には届いた。それと、足元にこつりと何かが転がる。 手を伸ばしてそれを拾うと消しゴムだった。
「あ、あの、これ……」
「……ありがとうございます」
たったそれだけの事だったのに目を合わせるのも恥ずかしくて、その後の授業ではずっと髪で顔を隠した。
(こんな調子で、新しいお友達なんて出来るのかなあ……)
授業終了のチャイムが鳴るのと同時に真琴からメールが届く。 三人で、屋上で昼食をとろうとの事らしい。 はやくも人付き合いに悩み始めた名前にはとても嬉しい誘いである。 だが、名前はお弁当がないことに気が付き、再び落ち込んだ。
とぼとぼと屋上へ行こうと席を立つ名前の元へ、足音うるさく駆け寄ってくる人物が。
「ねえっ!!」
「きゃあっ!」
ガタンと大きな音を立てたものだから、隣の席の男子生徒も少し驚いていた。
「あのさ、名前ちゃんだよね!?」
「へ? え、ええと……?」
「その困った顔、絶対そうだ! 久しぶり! いやー、大きくなったねえ!」
「あの、も、もしかして……ナギちゃん……? 」
勢いに負けて椅子に逆戻りした名前に影をさしたのは、明るい髪色とベビーフェイスの葉月渚だった。
ニコニコと、子供のときさながら笑っている渚を見て名前も嬉しく思ったのだが、それよりもクラスの人達の目が二人に向かっていることに気付いたので恥ずかしくなった。
「ナギちゃん……声のボリュームを、下げて……」
「え? あ、あはは、ごめんごめん」
相変わらずなんだねー。 と笑みを崩さず言い放つ渚は名前から少し離れ、名前は携帯と財布だけを持って再び立った。 渚は名前の手荷物を持ってやると、へらっ、と脱力する笑みを浮かべる。
「もう! それくらい自分で持つよ!」
「へへー。 ね、それよりさ! ハルちゃんとマコちゃんどこにいるか知ってる?」
「あ、これから屋上でご飯にするんだあ。 ……でも」
「でも?」
「お弁当、忘れちゃって……」
「じゃあ購買寄ってから屋上行こっか!」
「……着いてきてくれる?」
「もっちろん! じゃ、行こ!!」
「うんっ!」
二人仲良く手を繋ぎ、購買まで駆け出した。
・・・
「名前、遅いなあ」
真琴は携帯を片手にそわそわと落ち着きがない。 無意味に名前から来た返信を読み返したり膝を揺らしたり、真琴は名前に対していささか心配し過ぎのきらいがある。 そんな真琴をいつもは横目で見る遙なのだが、名前は人見知りで、しかも昨日は自分がおおよその原因で始業式に出られずスタートに躓いた。 「もしなにかあったら……」と呟いた真琴に、今ばかりは遙も同意した。
「……迎えにいく」
「そうだね!」
素早く腰をあげて名前を探しに。 しかし意気込みは出端をくじかれる形で台無しとなった。
「あ! 遙! マコちゃん!」
屋上を出てすぐの踊り場に、探し人の名前はいた。 見知らぬ──しかしどこか懐かしい──男子生徒と、かっちりと、しっかりと、手を繋いで。
「名前…………名前っ!!」
「えっ? マコちゃんなんで怒ってるの?」
「いっ、今すぐその人と手を離しなさい!」
「ハルちゃん! マコちゃん! 僕だよぉ!」
遙と真琴をそう呼ぶ人間は限られているため、二人はすぐ、男子生徒を見た際に感じた謎の懐かしさに合点がいく
「渚!?」
悪戯が成功した子供のように名前と渚は笑った。
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