誤解を招かないように宣言しておくと、名前と凛は、お互いに片想いであると思っている。

名前と凛が再会したあの日に熱い抱擁をしたというのに甚だしくも片想いであると抜かしているのだ。

名前と凛はあれからほぼ毎日メールをしている。
話題が尽きないことが信じられないと、たまたま某兄のノロケぶりを知ってしまった某妹はこぼした。


凛が帰国した日からすでにひと月。
名前は今度こそ学校へ行くために制服を着ていた。


「名前ー? 起きてる?」

「うん! 起きてるよマコちゃん!」

「はは。もう俺や遙と同じ、高校生だもんね」

「そうだよ! もうマコちゃんに起こされなくても平気だもん!」

「偉い偉い! でも名前、リボン曲がってるよ」

「……だってね、このリボンは他のよりも結びにくいと思うの……」

「そんなことはないから、ほら貸して。俺がやってあげる」

「……マコちゃん離れしたい!」

「妹は大人しく兄に面倒見られてればいいの。 ……はい、結べた」

「名前のお兄ちゃんは遙だもん ……」


姿見に自分を移せば、先ほどとは違ってリボンが真っ直ぐだからなのか、より高校生という実感が持てた気がする。
真琴にお礼を言えば、猫を可愛がるように頭を撫でられた。
名前もそれに猫のように擦り寄る。


「あっ、マコちゃん! ミケの子供元気だった?」

「うん、いつも通りだったよ。行きに餌あげよっか?」

「うん!」


まさに兄に甘える妹の如く、真琴と繋いだ手を揺らしながら台所へ降りると名前の実の兄である遙がもくもくと鯖を焼いていた。


「なんで鯖焼いてるんだよ!」

「俺たち朝飯まだ食ってないから」

「私、鯖好きだよ?」

「しかも水着にエプロンって……」

「名前だってたまにやってる」

「え、ええ?! そ、そうなの?」

「た、たまにね、すっごくたまぁーに!」

「……ムッツリめ」

「ち、違うから! 別に想像なんてしてないから!」

「早く食べちゃおうよ! 遅刻しちゃう!」


擬音で表すなら「ウキウキ」とか「ワクワク」が正確だろう。

昨日の始業式は遙と一緒に休んでしまっていた。
名前には全く休むつもりはなかったのだが、遙がいつまでたっても制服に着替えないので、まだ春休みだと勘違いしてしまったのだ。

しかし、今日は休日と勘違いすることなく学校へ行ける。
名前は食事中もずっと花の綻ぶような笑みを湛えていた。
高校生になれたことが何より嬉しい名前は、自分が極度の人見知りであることが頭から抜けているようだ。

そんな名前を見つめる真琴を、これまたじっとりと見つめる遙は普段の気だるげな成りを潜ませて、すっかり兄の顔をしている。


「真琴」

「そ、そんな目で見るなよハルちゃん……」

「ちゃん付けとその嫌らしい目付きをやめろ」

「ごちそうさまでした! ね、早く学校行こ!」


急かす名前の言葉に同調し、片付けもそこそこに家を出た。
真琴と白猫を少しだけ構って、名前はいつも通り遙の横にぴったりとくっつきながら、三人は学校への道のりを歩く。

なにかを含んだ目で七瀬兄妹を見る真琴を、遙が咎めるように見るのもすっかりいつものことだ。


「そうなんだ。じゃあ二人はまた同じクラスなんだね、いいなあ」

「うん。担任は、新任の先生なんだよ。 早速あだ名ついててさあ」

「……」

「遙?」

「……早く暖かくなって、泳げるといいね」

「マコちゃんすごい! 遙の考えてることわかるの?」

「ははっ、ほら遙って水のことばかり考えてるから」

「……別に」


そっぽを向く遙に、真琴と二人顔を見合わせてから微笑んだ。







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