ある程度のお洒落をしていくべきか、それともラフにジーパンか。
遙に秘密と言うことなので、変に勘ぐられないようにラフな格好がいいだろう。
名前は、好意を持っている凛に会うのだから可愛らしく着飾った姿を見てほしいと思ったが、とにかく早く凛に会いたくてたまらなかったため、服を選ぶ時間すら惜しいと感じていた。


「遙、ちょっとお買い物行ってくるね」

「ああ」

「じゃあ、行ってきます!」


嘘をついた時特有の焦燥感に背中を押されるように、家を飛び出た。

手元には携帯と少しのお金、それと猫の餌。
自宅近くの階段でよく出会う猫にやるのだ。


「おはようミケ、今日もかわいいねぇ」

「おはよう名前」

「え! ミケ喋れるの?」

「違うでしょ名前ちゃん! 俺だよ!」

「わあ!」


声のした方向を見遣ると、そこにいたのは私服姿の真琴だった。
恐らく、というよりも、確実に遥を迎えに来たのだろう。
そういえば昨日の夜に遥から、真琴と温水プールへ行くと聞いていた気がする。


「マコちゃん! おはよう!」

「おはよう。どこか行くところ?」

「うん! これから凛……」

「…………凛?」

「ああーっ!! いけない! ごめんねマコちゃん、私急がなきゃ!」

「え、ちょ、ちょっと名前?!」


挨拶もそこそこ。
雑談の1つも出来なかった真琴は、名前の走り去っていった方へ切な気な視線を寄越してため息をつくと、肩を落としたまま七瀬家へと足を動かした。


「うう……結構時間が経っちゃってる……」


港を走る名前だが、ふと自分はどこへむかっているのかと疑問に思った。
凛との電話を思い返しても「会おう」とただ言われただけで場所の指定もなにもされていない。


(か、からかわれた……? そういえば凛、確かオーストラリアにいるはず……)


浮いていた気持ちが沈んでいくのを感じた。

そういえば、毎日のように掛けていた国際電話だっていつも名前からだったし、手紙を送っても返事が返ってきた試しはない。
考え出すと、後ろ向きなことしか想像できなかった。


(凛……いじわるするくらい、私のこと面倒くさかったんだ……)


泣き出しそうになるところをグッとこらえた。
ついさっき、この携帯は凛と繋がっていたのだ。
寂しくなって携帯を強く握りしめた。


「ひゃあ?!」


握りしめたと同時に携帯が震えた。

落としそうになった携帯をきちんと持ち、また着信相手を見ないで電話に出る。


「な、ななせですっ!」

『……後ろ』

「うし、ろ……?」


──そこにいたのは、凛だった。

思い出の中の凛よりも大分大人っぽくなっている。
電話で声を聞くたび、名前が焦がれていたその人だった。

不機嫌そうな、照れ臭そうな顔で、名前のものと繋がった携帯を持っている。


「変わんねえんだなお前。 ガキの頃から成長してない」

「…………凛は、か、かっこよく……なったね……」


二言、名前はまだ信じられない気持ちで言葉を交わした。

凛は大きな荷物を地面に置いている。
きっと、家に帰るよりも先に名前へ会いに来たのだろう。

名前が手を伸ばせばぶっきらぼうに掬い取られ、凛は子供の頃のような素直な微笑み方で「ただいま」と呟き、名前はとうとう泣いた。








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