それは七瀬遙が二年生になる、約一月前のことだ。
朝、寝ぼけ眼でたらたらと制服を着ていた名前だったが、けたたましく鳴り響いた携帯に全身で驚き、着信相手も見ずに通話のボタンを押した。
「はい! 七瀬でございます!」 『……ふっ、家の電話じゃねえんだから……』 「……? あの、どなた様です?」 『今から会おうぜ。 ……あいつには秘密で』 「えっ、えっ? あのっ」 『待ってるから』
電話は一方的に切られた。 どこか聞き覚えのある、男の声だった。
名前は小さな頃から遙のひっつき虫で、気軽に話せる異性と言うのは数えるほどしかいない。 実の兄である遙に、その友人の橘真琴と葉月渚。
それから──。
「凛……?」
口に出したら早いもので、先ほどまでののんびりはどこへ行ったのかと問いたくなるほど機敏に動き、制服を着終える。
ばたばたと騒音をたてて走り回るものだから、いつものように風呂場で水に浸かっていた遙も顔を出した。
「なにしてるんだ」 「遙! あのね、さっきり……ん……」
満面の笑みで先ほどあったことを話そうとした名前。 しかし電話口の男……、凛の言ったあいつとは、他ならぬ遙のことだろう。 今ここで喜びに任せてその名を出してしまってもいいのだろうか。 いや、よくはない。
「あの……ええと……」 「まあいいけど……。 今日は学校ないぞ」 「えっ」
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