白石は自分の奇行にほとほと呆れた。 廊下のむこうから歩いてくる少女、名前がこちらを認識し、とろけるような笑顔で駆け寄ってきたと思ったら自分は空き教室まで名前を引きずり、こうして膝の上に向き合うように座らせていた。 いきなりのことで動揺が隠しきれていない名前。しかし何故かこの状況を作り出した張本人である白石が1番動揺している。 それほど無自覚からくる行動だったのだろう。 名前を膝に乗せたまではいいものの、次になにをするかだなんてちっとも考えてはいなかった。 幼なじみという関係ゆえか、いきなりの事であるのに名前はおとなしく白石に抱き抱えられたまま。 むしろ白石の制服をきゅっと掴んで、急に動きをとめてしまった彼を心配するように顔を覗き込み、緊張して強張っていた名前の体はとっくに白石にその体重をあずけている。 白石は自分の腰あたりを挟む柔らかい太ももに意識をやりつつ、言葉を発した。
「えっと、名前…」
「うん…どないしたん蔵ちゃん?」
「特に意味は……ないんやけど」
「ふふ、なんやそれ」
思えば名前とこんなに触れ合うのは久々な気がした。 利き手で名前の顔を撫でる。 不思議そうにこちらを見るが拒否などはせず、むしろ猫のように顔を寄せてきた。
「ふふっ、蔵ちゃんとお話するの、なんや久しぶりな気ぃするなあ」
「…せやったっけ?」
「うん。最近の蔵ちゃんなんか近寄り難かってんで?」
「そう、なんや…」
言われるまで自覚はなかった。 近寄り難いといわれていささかショックは受けたが、それは気付いたいまから直せばいいことだ。 頬にやったままの利き手を一度二度と滑らせ、名前の髪を耳にかけた。 くすぐったのか、クスクスと笑いながら身をよじる。 昔はもっとこうして触れ合っていた気がする。果たしてそれはいつからなくなった、いつから名前の声を聞いていなかったのだろう。 不鮮明な記憶に違和感を得て、自然と空を見つめた。
「蔵ちゃん?」
「え…あっ、あのな、名前…」
「うん、なぁに?聞いとるよ」
髪型が少し変わっている。あいまいな記憶の中の名前はもう少しあどけない印象だったが、やけに落ち着いて見えた。 毎日見ていたはずなのに。いや、毎日見ていたからこそ気づかなかったのだろうか?白石はどこか空白のある記憶が不快になる。
名前は幼なじみとの久々の触れ合いが嬉しいのか警戒心といったものはかけらもなく、白石がもごつく中話し始めるのをじっと待っている。 親指で緩く孤を描く名前の唇に触れる。名前が少し、じっと見ていなければわからない程に顔を歪め、脚が強張るのを感じた。 それに伴い名前の太ももにより体が挟まれ、白石はカッと頭に血が上るような感覚に陥り、視界が狭くなる。 名前の太ももを右手で強く掴み、唇に触れるだけだった親指は名前の口内に滑り込ませた。 くちりと小さく音が立ち、白石はひどく興奮する。 噛まれるかと一瞬思ったが、名前は涙を滲ませるだけでたいした抵抗を見せない。白石の豹変ぶりに動けなかった、というのが正しいか。 普段学校で見せていたような温和さをはらんだ顔ではなく、耳まで赤くしてハッハッと犬のように短く吐き出される息。そして焦点はあっておらず、まるで名前の知らない男のように見えた。 抵抗がないのを良い事に、今度は人差し指と中指で舌の付け根を押さえるように触る。 「おえっ」と声を漏らすが続けて親指を差し込み、三本の指で舌を掴む。 第一関節まで丁寧に巻かれた包帯が名前の唇や歯にあたりめくれ、じわりと唾液が吸い取っていく。 毎晩自分の性器を触るように名前の舌を擦ってやるとぐっと肩を押された。 名前が抵抗を見せたことにどうしようもない気持ちを抱き、勢いに任せてろくに掃除されていない教室の床へ名前を押し倒す。 埃が舞うがそんなことには構っていられなかった。 名前は頭を打ったようで、くたりと全身の力が抜けている。意識はあるもののちかちかと視界が揺れ、白石に抵抗する気は無くしたようだ。 荒い息はそのまま、再び名前の口内に左手の指を挿入するとあむと甘噛みされたが、白石はそれを抵抗ではなく許容と取り、はあと熱い息を漏らす。 唾液を吸い込んですこし冷たくなった包帯を名前の唇に擦り付けるようにすると名前が苦しそうにして顔を横にずらす。 朝練そのままで汗の染み込んだ包帯だ、臭うのだろう。 あえて包帯もろとも指を押し込めばとろりと唾液がこぼれる。汗と布の味が広がり、名前はきつく両目をつむった。
「んん…っ、う…んふぅ…」
「ぁっ、はぁ…名前……」
ぐちゃりと音を立てるように名前の舌を弄び、確かめるように名前を囁くと薄く目を開けて白石を見た。確かに宿る嫌悪と、少しの憐憫。 途端にこわくなり、ずるりと名前の口から手を出す。 足の先から頭の先まで凍えるのを感じた。これは前にも体験したことのある、そう、唯一であった名前があろうことか白石の親友に奪われてしまったのを知ったときと同じ感覚だ。 白石が"近寄り難く"なったのは二週間ほど前。名前と忍足謙也が付き合い始めた時期と重なる。 二週間のあいだのことを白石はほとんど覚えていない。ただぼんやりと二人を眺めていた。それこそ脱け殻のように。
「うっ…!げほっげほ!」
「………名前…」
すがるように手を伸ばすも、はっきりとした拒絶の言葉と共に振り払われ、名前は蹂躙され潤んだ瞳で白石の目を真っ直ぐに見た。
「……こんな人だと思わなかった」
「名前」
「…どいて」
白石を見ることもなく教室から出ていく名前。閉じる扉を眺めながら白石は後悔すら出来ないくらい大きな絶望に見舞われた。
|