※男主
「不真面目な人は 嫌い ですよ」
夜ごとふらふらと色街へ出掛けていく旅の同伴につい我慢が仕切れなくなり、 とうとうそう言った。
名前は、きょと、とした顔をすると わかった と一言いい部屋へと入っていく。 生憎 二つと部屋をとっていないので、薬売りが商いから戻ってくれば嫌でも名前と顔を合わせることとなる。
そのためかその晩、薬売りは客とモノノ怪を探してさ迷い歩き、宿へと戻ったのは今朝方になってからとなった。 そして 薬売りは部屋の襖を開き、驚愕する。
「…な…!」 「薬売り、お帰りなさい」 「その…恰好 は…」 「似合うか?」 「ああ。……いや、そうじゃない」
名前は、いつも開けさせている着物をきちんと着付け、そのうえに割烹着を纏っている。 そして三つ指をついて薬売りを迎える姿は、まさに世の理想である良き妻(彼は男であるが)だった。
「気でも狂いましたか」 「いつでも薬売りに狂ってはいるが、気は狂っちゃいないよ」
どの口がそんなことを
薬売りはそのように思ったが、今は口論がしたいわけではないので言葉にはせずに飲み込んだ。
「貞淑な者が好みだと言っていただろう?」 「そんな ことは……」
語尾は弱くなる。
確かに言ったことがあったのだ。 だいぶ以前に泊まった宿は若女将が経営をしており、てきぱきと働くその女将を見て、あのような人が妻ならばさぞ幸せであろう。と呟いたのを、名前はしっかりと聞いていたようだ。
しかしそれはあくまで理想であって、若女将とどうにかなりたいだとか、そんなことはちっとも思ってはいなかったのだが。 理由をつけるならば、ある意味、男女問わずに一夜を共にしてしまう名前への牽制であった。
「あれは、そういった意味で言ったわけじゃあ ない」 「なに、そうだったか。まあ…、今日のところは私に付き合ってくれ」
名前は背後に隠すように置いていた和菓子を薬売りの前へと出す。
「ままごとの延長線のようなものではあるが、初めて作ってみたんだよ。どうかな?」
薬売りはゆっくりとした動作で名前の前へと座した。 その動きから、未だ、薬売りがいまいち状況を飲み込めていないことが伺える。
「……いただいても?」 「もちろんさ」
薬売りは水に浸した手ぬぐいで軽く手を拭いてから、名前の作ったいびつな団子を手にとった。 名前が己の為に作ってくれた。 そう考えると、薬売りは少し手が震える。
「厨房を 借りたんですか」 「ああ、ここの女将が快く貸してくれてね」 「………」 「もちろん女将とは何もないよ?」 「それなら、いい」
泳いだ視線を畳みに移し、餡が乗っただけの味気ない団子を一つ、口にした。
「甘い」
団子はただひたすら甘い。 が、嫌ではない甘さである。
「薬売りの事だけを考えて作ったからな」
微笑む名前に、少し頬が赤らんだ。
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