二十分の恋 | ナノ

五日目





寝坊をした。昨日夜遅くまで彼女の事を考えていたら、気がついたらというか目が覚めたら朝になっていて。

「行ってきます!!」

家を出た時間は既にバスが来ている時間だ。バス停まで全力で走っても十分はかかるから、どんなに急いでも間に合わない。
別に一時間遅くとも始業には間に合うから構わないけれど。
次はその三十分後だったなと、頭の中では冷静に考える。
バス停には普通に歩いてバスが来る五分前に着いた。バスは既に来ていて、それなりの人数が乗っている。殆どが市民病院で降りそうな人たちだ。
僕はいつもの席に座ろうと思っていたけれど、一番後ろの席は既に埋まっていた。とりあえず近くに空いていた二人掛けの席に座る。彼女がいつも座っている席の反対にある席だ。
席に座ってすぐ、読みかけの小説を取り出した。乾から借りた、というか押し付けられた本だ。よくある恋愛小説で、電車で寝過ごした主人公と偶然隣に座っていたヒロインが恋をする物語だった。読んですぐ突き返したくなったが、乾に酸っぱい方の乾汁をちらつかされ仕方なく読んでいる。
バスがエンジンをかけた瞬間、人が駆け込んできた。黒いスカートに白ソックス。そういえば彼女はいつも黒いタイツだった。

「あのっ…隣、座ってもいいですか?」

相当走ったのか息切れが激しい。
他に席はあるだろうと思いつつどうぞ、と言いながら小説から目をはずし相手を見た。

「良かった…ありがとう」

相手は小さく微笑んで隣に座る。
白い頬を赤く染めた相手は、僕の片思いの相手の彼女だった。

「…今日、寝坊しちゃって」

ぽつりと彼女が呟く。小説は彼女だと分かってすぐにカバンにしまった。栞を挟み忘れた気がするけど、それより彼女の方が大切だ。
恥ずかしいのか伏せ目がちになっている彼女に口元が緩む。

「僕も、同じです」

今日は寝坊しちゃいましたと言うと、彼女は驚いたように僕を見た。

「奇遇ですね」

驚いたように僕を見る彼女にそう言って微笑む。彼女は少しだけ笑って、そうだね、と言った。
その後も彼女との会話はぽつりぽつりといった風ではあったけれど、順調に繋げられ。

≪次は市民病院前ー、次は市民病院前ー≫

「…それでね」

気がつけばもう彼女が降りる一つ前になっていた。
「あ…ごめんなさい、私ばかり喋っちゃって」

眉尻を下げて謝る彼女に構わないと微笑む。
彼女について分かった事が沢山あるし、彼女の声を聞けるだけで僕はもう満足だった。
弟が一人いること。両親の仲が良いこと。飼ってる猫のこと。
名前はお互いまだ言っていないけれど、彼女とはかなり仲良くなれたと思っている。

「…今日は、本当にありがとう」

バスが彼女の降りるバス停で止まった。あれだけ人がいた車内には、もう僕と彼女の二人だけだ。

「僕も、話が聞けてよかった」

また明日、と言って彼女はバスを降りていく。
発進したバスが彼女の前を通り過ぎる時、彼女と目が合い今度は僕から手を振った。








五日目

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