短編 | ナノ

沢田家長女 59


 ◇

 酷く申し訳なさそうに囁かれたそれは無機質な音声とは異なり、舞い落ちる花弁のように吹き荒ぶ風に消えてしまった。
 それでも、それがあまりにも雲雀のよく知る音と似ていたから。
 その背に、記憶の中で微笑む少女が重なった。
 振り向いた少女が黄金の瞳を輝かせた微笑むとーー瞬間、雲雀の身体に自由が戻る。
「ーー名前!」
「炎環七天鍵盤(トゥリニセッテ)、特権接続開始」
 口を衝いて出た声は、脳に直接響くような少女の声に掻き消された。
 途端に彼女の身体が黒い炎に包まれる。これまでと比べ物にならないほど純度の高い炎が彼女を中心に広がった。
 宙へと輪郭を伸ばしていく様は、黒い花が咲き綻ぶように美しく、ソラを侵す暗黒点のごとく悍ましい。
 凝集した炎はカタチをなし、巨大な歯車へと変じていく。それは、メローネ基地に隠されていた白く丸い装置と酷似していた。
「あれって……」
 思わず、誰かがそう呟いた。
 白く丸い装置ーーこの時代にいる本来の彼らが分子レベルに分解された状態で保護されていた、入江の作品。それと寸分違わず、同じモノが天に浮かんでいる。
 もしくは、白く丸い装置が、ソレに似たのだろう。
 大きな瞳をいっそう見開いて見上げていたユニは、青い眼をはっとしたように瞬かせて叫んだ。
「だめ……彼女を止めて! アレ≠完成させてはいけません!」
「さすが巫覡の末裔。ここぞという時の君達の判断は、神懸かり的なものを感じざるを得ないよ。まぁーー何しても、もうムダなんだけどね」
 叫ぶユニと同時に動いた綱吉を眺めながら、他人事のように白蘭が呟く。
 頭上で回転を始めたそれこそ、パラレルワールドの白蘭が揃え、喉から手が出るほど欲しがったトゥリニセッテの真の力だった。
 数多の白蘭が求め続け、終ぞ得られなかった究極の権能。
 最果てで回り続ける歯車であり、人類の未来を紡ぎ続ける鍵盤。
 彼女が宿した夜の炎、その充填を以て白蘭の夢(トゥリニセッテ)は起動するのだ。
 彼女が発する炎は勢いは増している。炎の熱量に兵装は解け、顕現したトゥリニセッテの仮想体へと吸収されていた。
「ロール、形態変化(カンビオフォルマ)!」
 過去の雲雀が鋭く叫ぶ。
 瞬時に両手に現れた手錠は増殖しながら少女を拘束しようと捉えるが、その身体に触れた途端にすり抜ける。
 姿はあるのに実体がない。幻術の類いではないだろう。光の屈折による誤認、もしくはーーはじめから其処に存在していないか。
 雲雀は視線を上に逸らした。
 炎を吸収し回転を続ける最果てより降臨せし鍵盤。
「……上が本体か」
「少しのヒントで限りなく真実に近いところにたどり着くのが、ヒバリ君の怖いところだよね。それか……さすが専門家、と言うべきかな」
 思わずこぼれた声を白蘭が拾う。
「でも、だからわかったでしょ? 何をどうしようが、ぜーんぶ無駄なんだ」
 それこそ、再起動でもしない限り儀式は止まらない。
 饒舌に語る白蘭を遮るように、突如、ごうと一陣の風が吹いた。
 もしくは、空を舞う大鴉の影が地を滑るようだった。
「……は、」
 信じられないものを見たように、藤色をした切長の目が見開かれる。
 白蘭の視線の先では、過去の雲雀が届かなかった腕を、未来の雲雀が確かに掴んでいた。
 おしゃぶりに炎が灯ったことで彼女≠フ起動は確認できている。その状態で触れたことにも、あの¢р受けてなお動けることにも、その全てが白蘭には信じられなかった。
「それをさせてしまうと、僕が困るんだ」
「っ!」
 雲雀は彼女の腕を捻りあげると、飛び込んだ勢いを殺さぬまま地面に引き倒した。
 体格差から両腕を簡単に片手でひとまとめに押さえ、足は関節に体重をかけて組み伏せるようにして拘束すると、彼女はもう身じろぎ一つできなかった。


20231224

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