短編 | ナノ

沢田家長女 56


 ◇

 彼女を挟み込むように位置取る同じ顔をした男二人。その間で、トンファーと槍がぶつかり合う甲高い金属音が幾重にも重なり響く。
 鋭く空気を切り裂くトンファーを巧みな槍捌きで弾くと、勢いの反動で地面に刺さった槍先を軸に宙返り。炎の放出により更に勢い付いて回転する身体は、その脚を鞭のようにしならせて、間合いを詰めた過去の雲雀の身体へと叩き込んだ。
 咄嗟に受け身を取るも、少年の身体は軽々と浮き上がり弾き飛ばされる。いくら雲雀が細身とは言え、運動量に相応しい筋肉の多い身体にはそれなりの重さと膂力がある。少女の身体の軽さを思えば、あまりにも重い一撃だった。
 それでも猫のように宙で体勢を整え、着地と言うには些か乱暴に、それこそ猫の爪のように地面にトンファーを突き立て勢いを殺す。
 見ると彼女は既に残された男へ視線を向けている。雲雀は即座に地を蹴ると、彼女と肉薄する未来の自分の影に隠れるようにして再びトンファーを振るった。
 正確に、精細に。彼女はトンファーの重く鋭い打撃と仕込みによる変則的な攻撃、体術の全てをいなし、捌ききっている。
「やるね」
 思わずこぼした声は、同時に重なって聞こえた。
 牽制しつつ、互いに決定的に有利な位置には持ち込ませない。
 くるくると舞うように戦う彼女がまとう空気は陰鬱とした翳りがあるのに、昏く美しい花の顔(かんばせ)は艶やかな色気すら感じさせた。
 まさに夜の女王。
 そう呼ぶに相応しい、夜に咲き誇る艶やかな大輪の華。
 激しい剣戟に散る火花も、交錯する紫と黒の炎も、全てが彼女を彩るために存在しているようですらある。
 単純な強さだけなら雲雀が勝る。元より雲雀は退魔の生まれだ。たとえ少年期であれ、戦闘における基礎は既に完成している。
 それが未来であればなおのこと。天賦の才に加え多くの戦闘を経て磨かれた卓越した技量は、極限まで無駄が削がれ、いっそ美しさすら感じるほどだった。
 けれど、二対一という彼女にとっては圧倒的に不利な状況でも、戦況は均衡を保ったまま決着はつかない。
 相対する彼女もまた、息のひとつも乱さずに槍を振るっていた。
 その敏捷性、機動力は雲雀二人を遥かに上回る。血が伝える直感力は未来視にも近く、その肉体の潜在能力はこの時代本来のボンゴレにも劣らないだろう。
 圧倒的な筋力差すら、放出した炎の勢いを乗せて瞬間的であれ未来の雲雀をも凌ぐほどだ。
 匣兵器である以上は避けられない炎切れは、白蘭の能力により無尽蔵に供給されることで解決している。
「君がここまで出来るとは思わなかったよ」
 惜しいことをしたと、未来の雲雀は心底思った。
 過去と未来、ボンゴレ最強の守護者二人を同時に相手取っても一歩も引かない戦闘能力の高さは、間違いなく沢田名前の中に眠っていたものだ。
 いくら肉体を調整していようと、性能の良い武器があろうと、その身体が鈍であってはすぐに毀れ綻ぶ。
 特に雲雀のように生物としての強者であればあるほど、付け焼き刃の強さは却って不利を招く。
 雲雀の動きを見る動体視力。それに追いつく身体能力。的確な状況判断。攻撃の仕掛け方。
 その肉体に宿る血統の力による後押しがあったとしても、多少の改造でどうにかなるものではない。
「白蘭(かれ)が羨ましいな。……憎らしいほどだ」
 未来の雲雀は低く呟いた。
 その才能を引き出した人間が自分でないことが悔しかった。気付かなかったことにも、引き出した人間が敵である男という事実にも苛立ちは募る。
 それに、と思う。
 自分であれば、もっとーー「思い上がらないで」
 そこまで考えたところで、未来の雲雀の思考は冷ややかな声が水を差した。
「死んだからこそ、沢田名前(わたし)は兵器(わたし)として完成したの。あなたでは無理よ」
 向けられた仄暗い悋気は、少女の声で切り捨てられた。
「私は兵器。それも、真六弔花(かれら)と違って本物の」
 どういうことかと、今度は過去の雲雀が眉をひそめた。
「修羅開匣はあくまでも未完成。白蘭が目指したのは匣を身体に埋め込み肉体に変化をもたらすのではなく、肉体そのものを筐とするモノ。自律した、常時開匣型の生体匣装です」
 その過程で生まれたものが真六弔花達の修羅開匣だ。
 神秘など知らぬ身で、よくそこまで考えたどり着いたと未来の雲雀は感心した。雲雀の耳にも当然届いていた悪名高き死茎隊とは真逆の、外側ではなく内側の変容。むしろ、この世界の白蘭にとってはこちらが本命だったのだろう。器が中身に沿うのは逆説的だが、それは確かに魔術としては正しかった。
「ーーああ。それは確かに、世界征服だ」
 幻想種や神性のエッセンスを含ませた彼らの能力は、神代の再現でもするかのようだった。実際、修羅開匣を行った彼らは周囲の環境を変化させている。
 白蘭達大空のトゥリニセッテが作り出す結界。極小の神代の再現(モデル)。
 一つ一つ、集めた欠片がパズルのように繋がっていく。
 ふいに、彼女の背から炎が噴き上がった。
 まるで白鳥の羽のように広がると、ふわりと宙に浮かぶ。
「では、改めて名乗りましょうか。匣型(ボックスタイプ)・戦乙女(ヴァルキリー)ーー人工的に造られた、復讐と憎悪の戦乙女(ワルキューレ)です」
 冷たくも甘やかな声が耳朶を打つ。
 その瞬間、過去の雲雀の手足は瞬きの間だけ痺れを感じた。
 痺れは直ぐに解除されたが、生じた隙を突くように、彼女は槍を交えたまま炎の放出で踏み込むとトンファーを勢いよく弾いた。
 身体の異変に、雲雀は少女の眼が時折魅了の呪いに輝いていたことを思い出す。
「君が何と言おうと、君は沢田だ。死んでなんかいない」
「っ、だから……!!」
 彼女が踏み込むと同時に黒い炎が爆ぜる。
「後ろが空いてるよ」
「っ……!」
 過去の雲雀へと振り下ろされた槍は雲雀を貫くことなく掠め、地面を抉った。
 勢いそのままに彼女は槍を振り抜くと、背後から振り下ろされたトンファーを受け止める。
「過去の僕には荷が重かったかな」
「うるさい、これくらい平気だ」
 ……今、わざと外したのか?
 過去の雲雀が訝しげに彼女を見遣る。
 きつく眉根を寄せた彼女は二人から距離を取ると、追撃するために槍へと炎を込めた。彼女の周囲で黒い炎が幾重にも咲き広がりーー
「っ……!」
 硝子を砕いたような音と共に、炎をまとっていた槍は砕け散っていた。
 雲雀との激しい打ち合いにより摩耗していた、ということはあり得なかった。彼女の槍は通常の金属で作られた武器ではない。彼女の血肉に混じる元素組成金属(ナノマシン)を溶かし造られた専用兵装だ。常に肉体と接続(リンク)し、出力、強度の調整を行い戦闘に最適な状態を維持されている。
 ーー本体である彼女に、不調(エラー)がない限りは。
 僅かな動揺を見せた彼女の、その隙を狙い過去の雲雀が地を蹴り接近する。
 下段から鋭く抉る一撃が仄かに光る装甲を砕く瞬間、火花が散るほどの衝撃と金属音が響いた。
「……、」
 トンファーを防いだ物を見て、雲雀は思わず目をみはった。
「兵器だって、言ったはずよ」
 ガリガリと金属が打ち合い削られる音が振動を伴い手を伝う。
 ーートンファー。
 それも、雲雀恭弥と寸分違わず同じもの。
 両手にそれぞれ握られたそれは、少女が造り上げた槍とは異なる、彼女の中に今も残る武器としての形。手にした記憶はなくとも容易く再現できるほど鮮明に焼き付いた記憶。沢田名前(にくたい)に染みついたそれは、たとえ肉体を切り分けられても、人格を書き換えられても、消えることはなかった。
 沢田名前にとっては、雲雀こそが強さの象徴であり基準なのだ。
 鉄と氷のトンファーが何度か打ち合ううちに彼女が握る片方が砕けた。一蹴りで距離を取った彼女が砕けた氷で手を傷つけると、宙に鮮やかな朱が舞う。
 けれど、それは地に落ちることなく細やかに輝く氷と混ざりながら、もう片方のトンファーへと吸収され、氷柱が育つように上下に伸びていく。
 黒い炎により成形されたそれは、当初彼女が持っていた槍と寸分違わぬモノとなっていた。
「沢田、」
「私は死んで生まれ変わった。誰よりも……雲雀君(あなた)よりも強く!」
 人形の如き白い貌に苛立ちと焦燥が浮かぶ。
 初めから、気に入らなかったのだ。
 ずっと変わらない、沢田名前(わたし)を見るその目が。
「炎基配列を自動記憶演算(オートエミュレーション)から自律戦闘機構(バトルフォーマット)へと再編。炎圧換装・最大励起(フィアンマボルテージ・フルバースト)」
 昏い眼差しが黄金に染まり、一際強く苛烈な光を放つ。
 その姿が、今も雲雀の瞼に焼きついて消えない、記憶の中の少女と重なった。
 返り血で汚れた雲雀に手を伸ばす少女に。
 血を流した雲雀の手を引く少女に。
 桜の中で、花火の下で、穏やかに微笑む少女に。
 ……ああ、やっぱり。
 切り分けられ、それでもなお生きていたのが事実であれば、少女は既に人間の域を超えている。雲雀が倒さねばならない魔性(てき)である。
 けれどーー
 少女は決して、雲雀が咬み殺したいと思う相手にはならない。咬み殺さねばならない敵にはしない。
 それは、たとえ少女が、世界にとっての悪(てき)になったとしても。
「君は沢田だよ。僕が、見間違えるわけないだろ」
「しつこいですね。違うと言っているでしょう!」
 苛々と昂る感情に合わせるように、彼女自身の出力も上がっていく。再構築に合わせて軽微な再調整も行っていた。
 槍が壊れた不調(エラー)の原因は、既に彼女の中では明らかになっている。ただ、それが認められない。
 雲雀恭弥と戦いたくない、なんて。今の彼女には認められなかった。
 だってそれは、沢田名前(わたし)の感情であり、白蘭の兵器(わたし)のものではないのだから。
 否定に拒否を重ねる。
 冴え渡る槍捌きは次第に互角だった二人の雲雀恭弥を押し始め、同時に吐き出され続ける感情(バグ)は不調(エラー)となる。それは幾重にも連なり螺旋を描き、やがて白蘭(マスター)の命令(オーダー)をも記録から抜け落としていく。
 そうしていつの間にか雲雀にだけは勝たなければいけない≠ニいう強迫的な思考が彼女の意識を占めていた。
 彼を倒さなければ。
 彼に強さを示さなければ。
 でなければーー
 ……でなければ?
 はたと気付く。自分はどうして、彼に強さを示そうとしているのか。白蘭の兵器(わたし)がそうしなければいけない命令(コード)などあっただろうか、と。
「ーーぁ」
 思考のリソースを割かれた。僅かその一瞬で、彼女の目の前で鮮血が舞った。



20231208
20231219 加筆
20240109 修正

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