短編 | ナノ

沢田家長女 55


 ◇

 永遠にとけない彼女のための揺り籠は、氷の檻であり棺だ。最後のトゥリニセッテの残骸が砕ける余波により、虚空へと射出される。
 それが完成する直前。彼女は本来飛び立つ為に残していた最後の力を使って、男の拘束を解いた。
 彼女から解放されたことで、黒い鎖と錠のカタチへと転じていた男が本来の姿を取り戻す。
「……嗚呼。やはり、あなただったのね」
 美しく鋭い、刃物のような美貌の男については、彼女の中にも僅かな記憶の残滓として残っていた。
 変質した時から変わらぬ男を突き飛ばし、檻の外へと放る。
 このまま永遠に眠るのも悪くはないが、男にはその結末が似合わないと思ったのだ。彼には自由と孤高がよく似合う。
 たとえば、空を漂う浮き雲のような。
 たとえば、夜に染まらぬ月のような。
「沢田名前(わたし)はボンゴレに復讐する者。世界の理を壊し、焼き尽くす破壊者。そうなるよう、貴方達が定めた」
 沢田名前の願いはボンゴレへの復讐だ。ボンゴレが存在する世界、可能性全てを灰すら残らないほどに燃やすこと。
「この炎は七天に非ず。私の炎は、沢田名前(わたし)の祈りで燃え盛るのです」
 小さな絶望(ねがい)と憎しみを糧に大きく燃え上がった炎は、やがて少女そのものを薪として世界を燃やすに至った。
 夜へと堕とされた灰から生まれたものこそ、この星の暗黒点。架空要素にして■■■の成り損ない。
 目的は、この世界そのものの焼却。
 少女の灰から蘇ったソレが引き継いだ新たな目的(ねがい)。この世界の理(トゥリニセッテ)を完全に壊すだけなら、灰に残された獣性さえあれば十分だった。
 事実、この世界の表層は燃え尽き灰と化している。あと一歩で、遥かなソラへと手が届くところだったのだ。
 ぼう、と空を見上げた彼女の視線の先で氷の檻が閉じていく。放り出された男が炎の隙間から差し込む光に照らされていた。
 ーーずっと愛してる。
 もう聞くこともない男の声が耳を打つ。
「私はもう、沢田名前(わたし)じゃないのに」
 その言葉が今も、飛び立つための最後の一歩を踏みとどまらせていた。

 孵ることのない氷の卵。この世のどこにも繋がらない隔絶された世界が完成される。
 その最後のひとかけらが埋まる直前。閉じ切る前の隙間から、目を覚ました男と目が合った。
「さようなら。きっと沢田名前(わたし)は、あなたに恋していたわ」
 炎が揺らめく鈍色は星が燃えるような銀色に輝き、彼女のくすんだ黄金と交差するとーー瞬きよりも早く、氷に遮られた。



*Bad END2 / Advent flame
 人類悪 燃焼。
 それは昼ではなく夜に産まれ落ちた暗黒点(コラプサー)。
 絶望の灰から孵化した星を焼き尽くす架空の不死鳥(フェネクス)。
 今ここに、夜の化身は生まれ落ちた。

*■■■夜
 限りない辛苦と悲嘆、憎悪に身も心も燃やされた末に彼女は思い至った。これは誰一人抱くべきでも、受けるべきでもない不要な感情。けれど、人間が人間である限り、この悪性からは逃れられないとーー
 そうして彼女は死を以て人類を終わらない苦しみから救済するべく、自分の全て(沢田名前)を燃やし尽くして生まれ変わった。
 星を明けない夜に閉じ込めたが、再び揃ったトゥリニセッテにより永久の凍結隔絶封印(コールドスリープ)が施される。
 宙(ソラ)の遥か外側にある虚空の果てにて、氷の揺籠の中終わらない悪夢に微睡む。時の果てが訪れようとも、永遠に廃棄された夜の女王。

*雲■■■
 単独顕現(偽)…所持品の影響で限定的に獲得したスキル。所持品の引き合う特性を楔とアンカーに見立てることで、限定的に時空間の跳躍を可能とした。
 数多の彼女の悲鳴を受信し救いに行く、たった一人のための救済者(セイヴァー)。その行いは■■■により支持され抑止力のバックアップを受けている。
 けれどそれはーー誰かを救うということは、誰かを助けないということでもあった。
 今日も彼は一人、欠けたガラスの破片を探して夜を彷徨い渡る。


20231130

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