短編 | ナノ

沢田家長女 52




 ソレを目にした時、綱吉達はあまりの衝撃に言葉が出なかった。
「こちらが、この時代の十代目です」
 そう言い、未来の獄寺が示したのは沢山の機械と繋がる一つの匣だった。
 大きさは手のひらに収まるほど。橙色を基調とし、角を飾る金の紋様が美しいアンティーク。けれど、繋がれた数々の機器のせいか、その古びた見た目とは正反対の電子機構(デジタル)じみた印象も受ける。
 もしくはーー延命され続ける死人のようにも。
 獄寺がそれに触れると、上部に空いた丸い穴からこぼれる光は炎が揺らぐように像を結び、やがて立体映像を映し出す。
「オ、レ……?」
 もやがかったように綱吉の姿を模ると、それはゆっくりと目を開き、綱吉達へ薄く微笑んだ。
ようこそ、焼け落ちた未来へ
 ……まるでSFだ。
 目の前の映像が未来の自分だと超直感が認めるのを、綱吉はどこか他人事のようにそう思う。
「現在生き残っている全人類は、今ここにいる全員だけです」
「え……?」
 ぽかん、と綱吉は口を開けた。両親と姉、大好きな少女、それから出会ったたくさんの仲間たちの姿が走馬灯のように過ぎっては消えていく。
 平凡な思い出はやがて、灰色に煤け荒廃した街並みへと変わった。
「どうして、そんなことに……」
 立体映像の綱吉は目を伏せると、細く息を吐くように囁いた。
ボンゴレはまた一つ、罪を重ねたんだ


 ◆

 マーレは炎の海に沈んだ。ーー彼女の顕現(あし)を奪ったために。
 アルコバレーノは炎の天幕へと消失した。ーー彼女の黄金(め)を遮ったために。

 残るボンゴレはーー

 ×××

沢田名前は、この世界の災厄(カミ)となったんだ
 しん、と重い沈黙に包まれる。
 綱吉達が飛ばされた未来は、大地も海も空も、その悉くが沢田名前により燃やし尽くされた後の世界だった。
 地上は明けぬ夜に覆われて、その未来を完全に閉ざしてしまった。今や彼らに未来はなく、残された時間も燃焼という停滞、緩やかな滅びへと向かっている。
そして、オレ達は彼女を封じるためリングと命を使った
 覚醒した沢田名前には、世界を超える跳躍の能力が備わっていた。
 巫女としてユニが死の間際に視たものは、炎の翼を広げて並行世界(おおぞら)へと手を伸ばす名前の姿だ。
 彼女は全ての世界(トゥリニセッテ)を壊すため、惑星一つを燃料として飛び立つ。
 それは、蝶が繭から羽ばたくように。
 風に乗って山火事が燃え広がるように。
 そうなればあらゆる未来も過去も、全てが燃えてなくなってしまう。その最悪の事態を避けるため、遺された彼らは彼女を留める道を選択した。
「じゃ、じゃあ。ここにいない守護者のみんなは……」
死んではいないよ。生きているとも言えないけど
 オレを含めてね。未来の綱吉は続けてそう言うと、それまで考え込むように聞いていた雲雀が声を上げた。
「……ねぇ。それで、あの子はどこなの」
あそこですよ
 綱吉の声に合わせるように天井が開く。プラネタリウムを思わせる半球状の天蓋が開かれたその先にあるのは、星一つない夜空にただ一つ浮かぶ白い満月だ。
「月……?」
「この地上から宙(そら)はもう見えない。あれはこの空を覆う夜の炎、その天幕の下に浮かぶ結界だ」
 トゥリニセッテで作り上げた全天結界。世界を明けぬ夜へと変えた彼女をひとときだけ留めておくための、届かなかった祈りの揺籠。
 結界を展開するまでは良かった。けれど、完成させるには欠けたトゥリニセッテでは足りなかったのだ。不完全な状態の結界の維持には、トゥリニセッテを構成する大空の生命エネルギーが必要だった。
 権能に等しい転移能力を封じるために一人。
 全てを見透す視線を封じるために一人。
 二人の大空が繋げた道を閉ざさないため、彼女を眠らせるまでの間で欠けることとなったボンゴレの守護者同様に、綱吉もまた命を賭して秘術を行使した。
彼女を引き留めたけれど、引き替えにこの世界からボンゴレリング……トゥリニセッテの一角は完全に失われてしまった
 だからこそ過去の綱吉達が必要なのだと、肉体を失った男は淡い笑みを浮かべた。
君たちに頼みたいことがある
 どうしても彼らには為せなかったことを頼むため、ボンゴレリングを持つ過去の彼らを呼んだのだ。
今度こそ沢田名前(ねえさん)を、眠らせ(ころし)てほしい
 続く言葉を予測できた雲雀は、人知れず息を吐き出した。
 炎と成り果てた少女と、全ての機能を捨て鎖へと転じた男の姿を思い出す。
 夢のほんの一幕は、きっと呼ばれたのだろう。ああなってしまった彼女を見せるために。覚悟を決めさせるために。
「なら、手を下すのは、僕がやろう」
 向けられる幾つもの視線を受けながら、雲雀は涼しげに続けた。
「どのみち、中へ入れるのは僕だけじゃないのかい」
はい。帰ることを考えるなら、ヒバリさんしか入れません
「それってどういう……」
「世界は同一人物が存在する矛盾を認めない」
 結界内部と言えどその大前提は変わらない。むしろ、霊体すら遮断する結界だからこそ逃げ場がない。
「あの中には僕がいる。弾き出される短時間で終わらせればいいんだろ」
「ヒバリ、」
 できるのか、という問いは獄寺の口からこぼれる寸前で止まった。未来の彼が雲雀と少女の関係を知ったのは、随分と後になってからだ。
「心配する必要はないよ。やるべきことが決まっているなら、迷うわけがない」
 秩序を。平和を。未来を。
 風紀を乱す相手は何人たりとも許さない。立ち塞がるモノは全て噛み殺す。これは、並中を、並盛を守ることの延長だ。
 雲雀の心がゆっくりと冷えていく。あたたかな春の陽が似合う、柔らかく微笑む少女の姿が鮮やかによみがえる。
「ーーそれで、守れるのなら」
 雲雀の知る少女であれば、禍いになるくらいならきっと、殺してほしいと願うはずだ。


20231114

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