短編 | ナノ

沢田家長女 小話4


未来帰還後、空白の数時間

 ◇

 膝を突いた雲雀の肩に両手を置いて、座り込んだ状態から腰を浮かせた名前が首を伸ばす。
 唾液に塗れた唇を擦り合わせ、絡めた舌を柔く吸い、労わるように甘く食む。粘膜が擦れるじりじりとした痺れに全身はびくびくと小さく跳ね、控えめに立つ水音は聴覚を刺激し、触れた肌の熱さに脳はすっかり茹だりきっていた。
 屋上に続く階段の踊り場。扉一枚隔てた外から遠く聞こえる部活動の賑わいが、ここが学校であることを思い出させる。
 それでも一度始めた行為は小石が坂を転がり落ちるように止まらない。
 学舎にはふさわしくない、しっとりとした湿度の高い淫靡な空気に酩酊していく。
「まって……ひば、ぁ、んっ」
「は……っん、ふ……」
 後頭部を支える雲雀の手が、息継ぎで離れようとするたびに優しく押し戻す。
 奪うような激しさはないけれど、こぼれた静止も、嬌声も、呼吸すら閉じ込めるように。甘い痺れは快感へと転じ、思考も理性も押し流してさざなみのように全身に広がる。
「んっ、ん……っは、ぁ」
 やがて、限界だと言うように名前がへたり込んだ。もうどこもかしこも甘く痺れておかしくなりそうだった。
 大きく胸を上下させながら雲雀の胸にしなだれると、まだ足りないと追いかける雲雀の唇が、目蓋に、頬に、下唇に、雨だれのように降りそそぐ。
「ン……ね、まって。これ以上は……ひ、ぁっ」
 重ね過ぎた唇はもはや感覚はなく、伸ばした舌は裏筋が攣っている。
 休憩を求めて雲雀の唇に当てた指先はかぷりと喰まれ、欲に濡れた鈍色が名前を見下ろしていた。その熱の籠った眼差しが、僅かに残された名前の理性をどろどろに溶かしていく。
「っ、ふ……んっ、や、あっ、ぁあっ……!」
 見せつけるように舌先で指の線をなぞられ、名前はたまらず声を上げた。
 我慢できないほどの疼きが肌を這っている。
 やめてほしいのに、もっとしてほしい。
「やっ……なに、これっ……ん、ぁっ」
 感じたことのない感覚に擦り合わせた足の間を、雲雀の膝が割って入った。
 熱を帯びた黄金に透明の膜が張る。痺れは肌を通り過ぎ、腹の奥底まで響いている。雲雀の手が肌を滑るたびに、濡れた吐息がこぼれ声は甘さを増していく。
 子猫が鳴くように喘ぐ名前に、雲雀が不意に口を開いた。
「怖がらないで、そのまま受け入れて。沢田は、今自分がどうなっているのか理解してるかい」
「っん……ど、う……?」
「マフィア(きみたち)と言い方は違うが、今の沢田は致命的に魔力が足りてない。断言するけど、このまま何もしなければ、君は死ぬ。魂喰いをして処分されるか、残った理性が自壊を選ぶか、自家中毒で溢れる炎(それ)に溺れるか」
 指先が首筋を撫でる刺激に、言葉にならない喘ぎ声をこぼしながら、名前は雲雀のシャツを力なく握って押し寄せる快感に耐えた。
「さっき渡した分で持ち直したように見えたのは、僕の方の副作用で苦痛をすり替えただけ。僕の魔力(エネルギー)は普通の人間には毒らしくてね。でも、これしか君を助ける手段を持ってない。それでも君の生存を優先したい。だからーー」
「ひばり、くん」
 未知の快感と恐怖に唇を震わせた名前が、雲雀の言葉を遮った。
 ゆるりと上げた腕を首に絡め、より密着する。シャツ越しに伝え打つ鼓動が途端に早さを増した。
「なに」
「いいよ……雲雀くんだから、いいの」
「ーー、」
 静かな囁きが落ちる。
「助けてほしいからじゃない。苦しいのも、気持ちいいのも、怖いのも、雲雀くんが好きだから。後悔なんて、するはずないわ」
 冷たい手のひらが片頬を包んだ。雲雀が目を伏せると、青みを増した唇が押し当たる。さっきまでと比べるとずっと拙く幼い口付け。それでも、彼の心臓は今までで一番跳ねた。
 少し間を置いて、雲雀が大きく息を吐く。
 呆れなどではなく緊張と安堵が滲むのは、これからする事を受け入れられるとは思ってもいなかったから。
 選べる手段が雲雀には無いのだから仕方がないと言い訳をして、弱みに付け込んでなし崩しに致そうとしている自覚はあった。それでも、失うことに比べたら嫌われる方が余程マシだから。
「もしかして、無理矢理の方が……?」
「……そんなわけないだろ」
「なぁに、その間」
 春の小鳥がさえずるような笑い声に、無意識のうちに張り詰めていた精神がゆるんでいく。少女が持ち合わせる優しく包み込むような空気は陽だまりにも似ていた。
「沢田は随分と余裕そうだね」
「熱くて落ち着かないけど、苦しくないから」
「なら良かった」
 羽織っていた学ランを名前の後ろに放ると、雲雀は薄い肩をそっと押した。
 威勢の良さに反して一切の抵抗を感じないまま、学ランの赤い裏布の上に金糸が散らばった。



20240515

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